表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/31

第九話〜想いの、重さ〜

セフィの前に立つと、いつも言葉に迷う。

それは緊張とか、照れとか、そういう単純なものじゃない。

彼女の前では、今まで自分が積み重ねてきたものが、すべて透けて見えてしまう気がするからだ。

隠してきた痛みも、誤魔化してきた選択も、全部。

それでも、今日は話さなければならないと思った。

彼女が、あの夜から何度も俺の顔を見て、何かを確かめるような目をしているのに気づいていたから。

――このまま黙っていたら、彼女はきっと、自分を責める。

それだけは、させたくなかった。




解呪をするときの感覚を、俺は常に忘れられない。

最初は、ほんの少しだけ息が重くなる。

胸の奥に、冷たい水が溜まるみたいな違和感があって、それでも動けないほどじゃない。

でも、呪いがほどける瞬間、確かに“持っていかれる”。

体のどこかじゃない。

心でもない。

もっと曖昧で、もっと根源的なものだ。

時間。

あるいは、生きているという感覚そのもの。

解いた直後は、平気な顔ができた。

相手が泣いて礼を言って、金を差し出してくる間は、ちゃんと立っていられた。

問題は、そのあとだ。

夜になると、体が冷える。

指先から順に感覚が遠のいて、関節が軋んで、呼吸が浅くなる。

眠れない夜も多かった。

横になっても、胸の奥がひりついて、まるで空気が足りないみたいに息苦しくなる。

それでも俺は、数えなかった。

あと何回解いたら終わるのか。

どれくらい残っているのか。

考えたら、きっと立てなくなる。

だから俺は、ただ解き続けた。




両親が生きていた頃、俺は普通の子どもだった。

解呪の特別な力なんて、意識したこともなかったし、愛されていることを疑ったこともない。

父は不器用で、母はよく笑う人で、二人とも俺の名前を何度も呼んだ。

それだけで、世界は十分だった。

でも、ある日突然、その世界は終わった。

詳しいことはもう思い出せない。

ただ、家が静かになって、声が消えて、夜がやけに広くなった。

親戚の家に引き取られたとき、俺は「助かった」と思った。

屋根があって、食事があって、寝る場所がある。

それだけ見れば、確かにそうだったんだと思う。

でも、解呪の力を見せてから、すべてが変わった。

その日から特別な力は俺にとって『呪い』に変わった。

期待される視線。

計算する目。

褒め言葉の裏にある、値段。

俺は子どもじゃなくなった。

役に立つかどうかで、存在が測られるようになった。

嫌だと言えば怒鳴られ、断れば責められた。

解けば褒められて、解かなければ居場所がなくなった。

だから、逃げた。

あてもなく、誰も知らない場所へ。




旅をしながら、たくさんの呪いを見た。

静かな呪い。

怒りに満ちた呪い。

誰にも気づかれないまま、身体を蝕む呪い。

俺はそれを解いて、金を受け取った。

生きるためだった。

他に方法がなかった。

感謝されることもあった。

でも、それは一時的なものだった。

呪いが消えれば、人は前を向く。

俺は、そこに残らない。

誰かの人生を少し軽くして、代わりに自分が重くなる。

それが当たり前だと思っていた。

――そうしないと、生きる理由がなかったから。




セフィに出会ったとき、正直に言えば、最初は警戒した。

触れない距離を保ち、目を伏せて、それでもこちらを見ている少女。

恐怖と優しさが同時にそこにあって、どう扱えばいいのか分からなかった。

でも、彼女は俺に何も求めなかった。

解いてほしいとも、助けてほしいとも言わなかった。

ただ、名前を呼んで、話を聞いて、同じ場所に立っていた。

それが、怖かった。

今までの人生で、そんな距離の取り方をされたことがなかったから。




あの夜、彼女が恐怖に呑まれて呪いを暴走させたとき、俺は考える前に走っていた。

解かなきゃ、と思ったわけじゃない。

助けなきゃ、とすら思っていなかった。

ただ、一人にしてはいけない、と身体が決めた。

抱きしめた瞬間、確信した。

――これは、今までと違う。

呪いは確かに鎮まったのに、削れる感覚がなかった。

冷えも、痛みも、息苦しさも、何一つ。

代わりに、胸の奥が熱くなった。

誰かを抱きしめる重さ。

離れなくていい距離。

それは、解呪じゃなかった。

それでも、呪いは眠った。




俺は、セフィを見た。

不安そうに、でもまっすぐにこちらを見る目。

その視線の中に、恐れよりも、心配があった。

――俺を。

その事実が、胸を締めつけた。

今まで、誰かの呪いを引き受けることはあっても、誰かに想われることは、なかった。

想われない解呪は、重い。

想われる解呪は、きっと、形が違う。

まだ言葉にはできないけれど、セフィの想いは、俺が今まで背負ってきたものを、確実に変えていた。




「……セフィ」

俺は、ようやく口を開いた。

「俺さ、君の前では、なぜだか怖くないんだ」

それは、勇気を出した告白だった。

力を使うことが、じゃない。

削れることが、でもない。

自分でも上手く説明できない。

セフィは、息を呑んだ。

俺は、続ける。

「君が俺を大切に思ってくれるなら、たぶん俺は、削られることを恐れなくていい」

それが、どんな意味を持つのか、まだ分からない。

でも、はっきりしていることが一つある。

俺はもう、誰にも想われない解呪を、続けたくない。

セフィの前でだけ、俺の『呪い』が眠るなら。

俺はその理由を、“力”じゃなく、“想い”だと信じたい。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ