表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/31

第二部・第十六話〜王都への道〜


古書店を出たとき、ヴァルディアの空はすっかり夕暮れに染まっていた。

西の空がゆっくりと赤く沈み、その光が石畳の通りを柔らかく照らしている。昼間の賑やかさは少し落ち着き、人々の足取りもどこかゆっくりになっていた。

私はルカの隣を歩きながら、しばらく何も言えずにいた。

エリアスの呪い。

それは今までとは少し違うものだった。

ルカが解けないと言った呪い。

その言葉が、胸の奥で静かに重く残っている。

ルカは黙ったまま歩いていた。

隣から見る横顔はいつもと変わらないように見えるけれど、私は知っている。彼が今、頭の中で色々なことを考えていることを。

依頼局の建物が見えてきた頃、テオドールさんが口を開いた。

「今日の件ですが」

ルカが視線を向ける。

「珍しい呪いですか」

ルカは頷いた。

「ああ」

そして少しだけ歩く速度を落とした。

「二重構造の呪いは、そう多くないだろう」

私はその言葉を聞いて、ふと立ち止まりそうになった。

二重構造。

エリアスの呪い。

古書の呪いと、彼自身の体質。

それが重なって起きている。

テオドールさんは続けた。

「ルカさん」

その声はいつもより少しだけ静かだった。

「もしよろしければ、一つ提案があります」

ルカが短く答える。

「何だ」

テオドールさんはしばらく考えるように視線を落とし、それから言った。

「王都へ行ってみてはどうでしょう」

私は思わずルカを見る。

王都。

その言葉は、どこか遠い場所のように感じていた。

けれどルカの表情は変わらない。

「理由は」

「知識です」

テオドールさんは迷いなく答えた。

「呪いを研究している教授が王都にいます」

私はその言葉に少し驚いた。

「解呪師の学院があるんですか?」

テオドールさんは首を振る。

「いいえ。解呪師自体が少ないですから」

彼は静かに説明した。

「ただ、呪いや呪術を研究している教授がいて、他の学部生向けに授業をしているんです」

ルカは黙って聞いている。

「解呪師がその授業を受けることもできます」

私はルカの横顔を見る。

彼は何も言わない。けれど、その目は少し遠くを見ていた。

テオドールさんが続ける。

「実は」

そこで一度言葉を止めた。

「ルカさんが半専属になったとき…その教授へ手紙を送りました」

私は驚いてテオドールさんを見る。

「えっ」

彼は少し照れたように笑った。

「もし将来、ルカさんが知識を必要とした時のために」

ルカが言う。

「……先回りしすぎだ」

「そうでしょうか」

テオドールさんは肩をすくめた。

「以前もお話ししましたが、正式に登録されている解呪師は国に八人しかいません」

その言葉は、静かに空気に落ちた。

「六人は王都で国の仕事をしています」

「残りは高齢で、解呪の回数を大きく制限している」

テオドールさんはルカを見る。

「ルカさん」

その声には、少しだけ真剣な色が混ざっていた。

「あなたほど若く、そして実力のある解呪師は珍しい」

「正直に言います」

彼は一度息を吐いた。

「私は、あなたを手放したくありません」

私は少しだけ驚いた。

でもその言葉には、不思議と嫌な感じがなかった。むしろどこか、兄が弟に言うような温かさがあった。

「ですが…、あなたの力がこの街だけに留まるのも惜しい」

夕暮れの光が依頼局の壁を赤く染めている。

「だから提案です。王都で学び、知識を得る。そしてまたヴァルディアに戻る」

ルカが聞く。

「その間、依頼局はどうする。解呪の依頼も来ているだろう」

テオドールさんは少し笑った。

「待ってもらいましょう。半専属ですから。旅に出ても問題ありません」

私はその言葉を聞いて、胸の奥が少し温かくなった。

ここは、帰る場所。

そう思っていいのだ。

しばらく沈黙が続いた。

ルカが空を見上げる。

夕焼けが少しずつ暗くなり始めていた。

そして彼は言った。

「行く」

その声は、静かだった。

「今後の為にも知識は必要だ」

私は思わず微笑んだ。

ルカはずっとそういう人だ。

自分の力を誇ることはない。

でも必要だと思ったことから逃げない。

ルカが私を見る。

「セフィ」

私はすぐ頷いた。

「うん、行こう」

迷いなんて、なかった。私はルカと一緒に旅をしている。それがどこであっても、変わらない。

テオドールさんは静かに息を吐いた。

「決まりですね」

そして少し笑う。

「王都までは馬車で十日程。私が手配しておきましょう」

「助かる」

ヴァルディアの空は、すっかり夜に変わっていた。

街の灯りが一つずつ灯り始める。私はその光を見ながら思った。

次は王都。

きっと新しいことが始まる。

でも――

ここが、帰る場所。

ヴァルディア。

解呪師として生きる街。

そのことが、少しだけ嬉しかった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ