第二部・第十一話〜甘い夜と、帰る場所〜
翌日、宿の女将さんが客が来てるよ、と呼びに来てくれた。
「セフィ! ルカ!」
明るい声。
私たちが宿の一階に降りていくと、リリスが立っていた。
頬がほんのり赤く、息が少し弾んでいる。
「昨日のこと、ちゃんとお礼がしたくて」
両手をぎゅっと掴まれ握りしめる。
「よかったら、うちに来てくれない?夕食をご馳走したいの!」
その目は輝いて見えた。
私はルカを見るとルカはわずかに頷いた。
「お邪魔します」
リリスの家は、広大な果樹園の奥にあった。
木造の温かな造りの家。
扉を開けた瞬間、甘くて香ばしい匂いが広がる。
「いらっしゃい」
優しそうな両親が迎えてくれた。
テーブルには、すでに料理が並んでいる。
私は思わず息を呑んだ。
「……すごい」
そこにあったのは、果実の宴だった。
大皿に盛られたステーキには、艶やかな赤いアリュスのソースがとろりとかかっている。
透き通るような黄金色のアリュスジュース。
小瓶に詰められたジャム。
甘煮は琥珀色に輝き、皿の隅で宝石みたいに揺れている。
そして、最後に目に入ったのは——タルト。
赤いロゼリアがぎっしりと並び、その上に薄く蜜が塗られている。
「全部、アリュス果なんだよ」
リリスが少し誇らしげに言う。
「すごい……」
私は椅子に座るのも忘れて見つめていた。
「昨日のお礼なんだからたっくさん食べてね!」
リリスに促されて、ステーキをひとくち。
甘酸っぱいソースが肉の旨みと絡み合う。
「……おいしいっ……!」
思わず目を閉じる。
「こんな料理、初めて」
ジュースを飲む。
果実そのままの甘さが喉を滑る。
ジャムをパンに塗る。
甘煮を口に入れる。
全部違う。
全部、やさしい。
「すごい……どうして同じ果実なのにこんなに違うの?」
「品種もあるし、火の入れ方も違うんだよ」
リリスが嬉しそうに説明する。
私は夢中で食べた。
ルカはその様子を見ながら、静かに笑っている。
「セフィ、顔」
「え?」
「幸せそうすぎる」
「だって……!」
私はタルトを口に入れる。
甘い。
柔らかい。
果実の酸味がほんの少し残っていて、甘さを引き立てる。
「……これ、天国だよ」
リリスの父が豪快に笑う。
「そんなに喜んでもらえると、こっちが嬉しいよ」
私は何度も「おいしい」を繰り返した。
そのたびに、ルカの視線が柔らかくなるのを感じる。
「ルカも食べて」
「食べてる」
「もっと感動して」
「してる」
でも表情は落ち着いている。
「嘘」
「本当だ。ただ、セフィほど騒がないだけだ」
「ルカ、可愛くない」
「お前が可愛いからいい」
「……!」
私は一瞬、言葉を失う。
リリスがくすっと笑う。
「仲いいね」
私は顔を赤くするしかなかった。
夜はあっという間に更けた。
甘い香りと、笑い声。温かく明るい人たち。
アリュス果実は、甘さだけじゃなく、温もりもくれた。
帰り道、星が果樹園の上に散らばっている。
「幸せだったね」
私が言うと、ルカが隣で小さく頷いた。
「セフィがあんなに喜ぶなら、また来よう」
「うん」
その言葉が、とても嬉しかった。
翌朝、私たちはアリュス村を発った。
リリスが何度も手を振る。
「また来てね!」
「絶対!」
私はリリスが持たせてくれた沢山の果実を大事に抱えた。
荷物が増えてしまったので帰りのヴァルディアまでの道は、辻馬車を使った。
帰る場所があるというのは、不思議な感覚だ。
旅は楽しい。
でも、戻る場所がある。
それは、逃げ場ではなく、拠点。
私たちは夕方にヴァルディアへ戻った。
まず向かったのは、力務局。
「ただいま戻りました」
私たちが言うと、受付の女性が笑顔で迎える。
「副局長をお呼びします」
しばらくして、テオドールが姿を現した。
「お帰りなさい」
その声には、わずかな安堵が混じっているように感じた。
「アリュス村はどうでしたか?」
「果実が最高でした。これお土産です」
思わず私が即答すると、テオドールは少し驚き、そして柔らかく笑った。
「ありがとうございます。それは何よりです」
ルカが静かに言う。
「問題はなかった。能力の調整を一件」
「報告は後でゆっくり聞きます」
テオドールは頷く。
そして、少しだけ声を落とした。
「急ぎではありませんが、解呪の依頼が一件来ています」
空気が、わずかに変わる。
甘い余韻の中に、次の扉が開く。
「詳細は明日でも構いません」
テオドールは続ける。
「今日は旅の疲れを」
私はルカを見る。
ルカは小さく頷いた。
「明日、伺います」
帰る場所がある。
でも、私たちは止まらない。
甘い夜の記憶を胸に、ヴァルディアでの日常に戻る。




