幕間〜選べなかったもの、選び取った日々〜
この世界では、生まれたときに、だいたいのことが決まってしまう。
何を得るか。
何を失うか。
それが能力と呼ばれるか、呪いと呼ばれるか。
選べるわけじゃない。
俺は、解呪持ちとして生まれた。
誰かにかかった呪いを引き剥がし、引き受け、解く力。
――代わりに、何かが削れる。
その感覚は、昔からずっと一緒だった。
具体的に何が失われているのかは分からない。
恐らくは…命。
解呪をするたびに、確実に「減っている」と分かる。
だけど俺は、自分を守るために、生きていくために解呪を仕事にした。
金をもらって、呪いを解く。
情を挟まない。
相手に期待しない。
そうやって割り切らなければ、続けられなかった。
削られる感覚を抱えたまま生きるのは、想像以上に重い。
夜になると、身体の奥が冷える。
息が浅くなり、意識が沈む。
それでも朝が来れば、また歩いた。
それが、俺の人生だと思っていた。
セフィと知り合ってから、俺の中の何かが変わった。
最初は、偶然だと思った。
壊れるはずの彼女の呪いが、俺の前でだけ眠ること。
今でも理由はわからない。
触れても壊れない。
それだけでも十分に奇跡だったのに。
あの日、明確に気づいた。
解呪のあと、削られていない。
冷えが来ない。
夜が怖くない。
身体が、ちゃんと「明日」を前提にしている。
最初は、気のせいだと思った。
期待するのが怖かった。
でも、何度解呪をしても、同じだった。
セフィが抱きしめてくれる夜は代償が、ない。
正確に言えば――
一人で引き受けていない。
解呪のあと、セフィがそばにいる。
手を重ね、抱きしめ、眠る。
それだけで、呪いが俺の中に居座れなくなる。
俺は初めて、心配なく解呪ができるようになった。
「これ以上削れたらどうしよう」と考えずに、
「この人を助けられる」と思える。
それは、仕事としても、生き方としても、大きな変化だった。
今では、依頼も増えた。
重い呪い。
長年放置されてきた呪い。
他の解呪持ちが断った案件。
以前なら、手を出さなかっただろう。
でも今は、違う。
俺は、無理をしていない。
恐怖で身体を固めてもいない。
終わったあと、ちゃんと眠れる。
朝が来る。
それだけで、世界はずいぶん優しくなった。
解呪は、誰かを救う力だ。
でも、かつては俺自身を削る刃でもあった。
今は違う。
セフィがいることで、解呪は「誰かを救って、戻ってこられる行為」になった。
それが、どれほど大きなことか。
俺はもう、孤独な力を持つ人間じゃない。
この世界では、人はみんな何かを持って生まれる。
能力か、呪いか。
それを、自分で選ぶことはできない。
私は、触れたものを壊してしまう呪いを持って生まれた。
幼いころから、世界は遠かった。
近づくと壊れる。
触れると失われる。
だから、距離を取る。
それが、私の生き方だった。
親からも、村の人たちからも、私は「扱いにくい存在」だった。
貧しい村にとって私の存在は疎ましいものだった。
それが、いちばん苦しかった。
ルカに解呪してもらった日、世界が変わった。
音が、増えた。
色が、増えた。
触れることが、怖くなくなった。
最初に花に触れたとき、壊れなかった花びらを見て、私は泣いた。
それまで、世界は「見るもの」だった。
今は、「触れていいもの」になった。
旅をするようになってから、私は毎日、世界を広げている。
市場で果物を手に取る。
布を触って、服を選ぶ。
道端の猫を、そっと撫でる。
全部、以前の私にはできなかったこと。
ルカが解呪をして、私が彼を癒して。
その繰り返しの中で、私は初めて「役に立っている」と思えるようになった。
壊す存在じゃない。
守る存在でもある。
夜、宿で並んで眠るとき、私はいつも思う。
忌み手として生まれた私が、こんなふうに生きていいなんて、思っていなかった。
幸せは、特別な人のものだと思っていた。
でも今は、分かる。
選べなかった呪いがあっても、選び取れる生き方はある。
私は、ルカと一緒に生きることを選んだ。
それだけで、世界はこんなにも広い。




