最後のポンコツ
「あれに耐えた……だと……?」
最大の攻撃すらものともしなかった。
悪魔は一歩後ろに下がる。
ずっと自信がありそうな顔をしていたのだが、今は怯えが含まれていて腰が引けている。逃げるつもりなのか羽を動かしているが、空には飛べず一メートルほど上がっただけで落ちてしまった。
「街を破壊して無事で済むと思うなよ」
クラリッサに離れてもらってから、グレートソードを後ろに回した。この体制では横薙ぎの一撃を与えられるだろう。
自身が両断される姿を想像したのか、悪魔は歯をガタガタとさせている。戦意は完全になくなっていてペタリと座り込んだ。
首を斬るのに、ちょうど良い高さだ。
「死ね」
「待ってください!」
止めたのはクラリッサだ。早くコイツを殺したくないのか? 俺は大切なものを傷つけられて我慢できそうにない……と思うのは、グレートソードに付与されている戦意向上の影響だろう。
地面に突き刺してグレートソードから手を離すと、先ほどまで感じていた攻撃したいという気持ちが薄れていった。
「どうするつもりなんですか? 牢屋に入れて事情徴収するのは難しいと思いますが」
閉じ込めたところで、魔法を使って逃げ出すだけだ。先ほどの光線の威力を考えれば、無力化して拘束するのがいかに難しいかわかる。クラリッサだって無理だとわかっているはずだ。
「体を乗っ取ったメイドから出て行くことは出来ますか?」
「無理だ。我と同化している」
「あなたが死ねばメイドも死ぬのですね」
「その通りだ! どうだ、見逃す気になったか?」
まさか悪魔はメイドの体を人質に取ったとでも思っているのだろうか。
すでに両腕を斬った俺からすれば、殺したところで何も感じないのにな。
何よりもリリィに父親が死ぬかもというトラウマを刺激させたことが許せない。命乞いしても殺すつもりであった。
「それではもう一つ聞きます。乗っ取った体は誰の命令で動いてました?」
「ん? お前じゃないのか?」
「違うから聞いているんです」
助かりたい一心で悪魔は思い出すために考え込んだようだ。
しばらくして口を開く。
「なんとか王妃ってのが裏にいるみたいだ。クラリッサという女が……まあ、お前か。それが邪魔になったら毒殺するようにも命令されていたぞ」
「やはりそうですか」
心当たりがあったようで、クラリッサは驚かずに納得していた。
マティルダ王妃に命を狙われていると聞いても平然としている姿は頼もしい。
前ならともかく、今のクラリッサであれば安易に悪魔と契約して世界を滅ぼそう、なんて思うことはないだろう。
「聞きたいことは以上です」
「だとさ」
グレートソードを抜いて横に振るう。
命乞いをしていた気もするが俺の耳には入ってこなかった。
首から血が噴出して少ししてから倒れる。
頭は顔を下にしたまま動いていない。
悪魔は死ぬ前にどんな表情をするのだろうか。少しだけ興味が出てきた。
つま先で蹴って半回転させる。悪魔は笑顔だった。
「危ない!」
振り返りクラリッサを見る。死体に近づいていた。戦いが終わったと思って、カイトシールドは持っているが構えてはいない。
悪魔の尻尾が伸びてクラリッサの腕に噛みついた。
「ふはははは! 我の蛇は猛毒! 苦痛に悶えながら死ぬ……ぶぇっ」
不快な声を聞きたくないので足で潰すと、スイカが破裂するように血が飛び散った。
体の方を見てみると灰にはならずに残っている。頭を潰したくらいじゃ死なないのかもしれない。時間が経てば頭は再生して蘇る危険性を覚える。
杞憂と考えるのは甘いだろう。
相手は上位の存在だ。人間と同じやりかたで倒せる方がおかしい。当初の予定通り進めるか。
俺はしまっていた水晶玉――封印石を取り出した。魔力を流して起動させると光り出す。脳内に封印したい対象を指定すると、悪魔の体と灰が吸い込まれていった。
「ふぅ……」
これで一安心だ。
「クラリッサお嬢様!!」
戦いが終わってアリシアが駆け寄ってきた。
「なんで最後にポンコツを出すんですか! 近寄るなんて愚かなことしないでください!」
言葉はやや辛辣だが、本気で心配しているようで目に涙を溜めている。
肌が青白くなっているクラリッサは、心配かけないようにしているのか、笑顔を作っている。
「ごめんなさい。失敗しちゃいましたわ」
「謝らないでください。私が側にいれば、こんなことには」
「ううん。いいのよ。今までありがとうね」
「終わりなんて思わないでください! クラリッサお嬢様は助かります!」
アリシアは顔を上げると俺を見た。
眉がきりりと上がっていて、冗談が通じるような状況ではないみたいだ。
「どうにかして、助けてもらえないでしょうか!」
「本気で言っているのか?」
「ダメなんですか? 対価であれば私を自由にする権利を――」
裏切られたような顔をされても困る。
なんせクラリッサはもう助かっているんだからな。
「小指に付いている指輪のことを忘れたのか?」
「なんのことですか」
アリシアはクラリッサの小指を見て、ようやく思い出してくれたようだ。耳まで真っ赤になっている。
俺が最初にプレゼントした指輪はアンチポイズンリングだ。どのような毒も体内の魔力を使って解毒してくれる、アーティファクトに近いマジックアイテムである。
悪魔の毒はかなり強力だったようで、クラリッサの魔力を大量に消費して顔色は悪くなっているが、命に関わる状況ではない。
「クラリッサお嬢様」
「何? わたくしはもう死ぬのかしら」
「体は痛くないですよね?」
「そうね。死ぬ直前ってこんな感じなのかしら?」
「アンチポイズンリングで解毒されているから、痛くないんですよ! このポンコツ令嬢がっ!」
アリシアがクラリッサの体をガクガクと揺らしている。
恥ずかしいのを誤魔化しているんだろうな。
触れるのは可哀想な気がしたので、俺は離れて落ち着くのを待つことにした。




