(デシアン子爵視点)最悪の愚行
領主になってから生活は順調そのものだった。
マティルダ王妃に気に入られて領地の運営も好調だ。ヴァルモントが衰退してしまったが、別の街が潤っていたので全体で見れば収入は上がっている。一つ上の爵位をもつ貴族令嬢との婚約も進めていたので、将来は明るいと確信していたのだが……マティルダ王妃の依頼で、クラリッサを代官として受け入れたときからおかしくなってしまう。
最初は普通に仕事をさせればいいと言われていたのだが、次第にヴァルモントと共にクラリッサを破滅させる話へ変わっていく。目的は息子である第二王子の王座獲得とは行っているが、クラリッサまで潰さなければいけない理由がわからない。理屈ではなく、感情面で気に入らないと思っているんだろうか。
巻き込まれる俺としては、たまったもんじゃないな。
マティルダ王妃には私兵を持っていないので、武力で脅して逃げようとしたのだが、宰相の地位を用意すると言われれば考えは変わる。
街一つ潰すだけで内政面で最大の地位が手に入るのだ。
安いものである。
この考えが甘かった……。
今思えば、あれは人生最大の判断ミスだったと言えるだろう。
いつの間にか脱税や他国への武器流出といった裏取引の証拠を押さえられてしまい、脅されて後戻りできなくなってしまったのだ。
マティルダ王妃には頭が上がらず屈辱的な日々を過ごしているが、俺が宰相になれば逆転は可能だ。
証拠なんて全て握りつぶし、国内の貴族をまとめて王族ですら凌駕する立場を手に入れてやるんだ。
そのためにはクラリッサに悪魔の書を使わせる必要があったのだが、会談をした感触では難しそうだ。
ふむ。少しだけ視点を変えよう。
ヴァルモントが滅びて悪魔が暴れれば王妃には言い訳が出来る。混乱のどさくさにクラリッサを殺したっていい。
別にクラリッサが契約する必要はない。別の人間でもいいのだ。そう考えると、まだやれることはあるな。滞在してる間に動き出すとするか。
◇ ◇ ◇
来客用の部屋に通されると、クラリッサに派遣したメイドを呼び寄せる。
悪魔の書をテーブルに置いた。
「最近の動きはどうだ?」
「どこからか大金を手に入れたようで、衛兵の採用を強化しております。また執事も一人雇ったようです」
「出自はわかるか?」
「最近入ったようで、私も今日存在を知りました。調査はできておりません」
身内に敵がいるとわかって採用を増やしたのか?
クラリッサが悪魔の書に手を伸ばしかけたときに助けたところから、優秀さがうかがえる。年相応に経験を積んだ執事なんだろう。
時間をかければ優秀な人材が集まってくる危険があるな。
早めに手を打たなければヴァルモント破滅計画が頓挫してしまう。それだけは避けたい。
やはり第二の手を使うべきだろう。
「お前に新しい仕事を与える。その本を読んで上位存在と契約するんだ」
「その後はどうすればよろしいのですか?」
「ヴァルモントを破壊しろ。それが終われば、一生遊んで暮らせるほどの金を渡そう」
メイドの目の色が変わった。
マティルダ王妃から金のためなら何でもすると聞いているので、俺の思惑通りに動いてくれることだろう。
「契約すると殺されるなんてことはありませんか?」
欲望で目がくらんでいるくせに慎重なことだ。
悪魔の書は契約しただけじゃ死ぬことはない。命だけは保障される。
「それはないから安心しろ」
「……かしこまりました」
悩んだようだが、メイドは金を取ったようだ。
本を開いて読み進めている。光り出して、メイドの体は動かなくなったようだ。ページは自動でめくられていき、強制的に読まされていく。
「ご主人様! これは!?」
戸惑っているメイドを無視して観察を続けていると、ついに悪魔の書は最後のページまでたどりついた。
本の放つ光が強くなって、視界が真っ白になる。
数秒で元に戻ると山羊の頭をした灰色の肌をする悪魔がいた。尻尾は蛇、羽はコウモリの形をしている。近くにいるだけで寒気を感じるほどの殺意を放っていて、体が震えて動けない。
本能が危険だと警告音を鳴らしているが、見ていることしかできなかった。
「お前が呼んだのか。何を望む?」
枯れた老人のような声だが、威圧感があった。
貴族であるこの俺が膝を突いて許しを請いたくなるほどで、普通のメイドが正気を保っていられるわけがなかった。失禁をして絨毯を濡らしながらペタリと座り込んでいる。目や鼻、口から液体が流れ出ていて、まともな言葉を発せられる状態ではなかった。
悪魔は返事がない事に不満を覚えるどころか満足しているようだ。
笑顔を浮かべると長い爪をメイドの額に当てる。皮膚を切り裂いて血が出た。
「この街を破壊するのが汝の望みか」
接触しただけで思考を読んだみたいだ。
悪魔とはそんなこともできるのか。この力を利用すれば、マティルダ王妃すら凌駕できるかもしれない。
宰相ではなく、俺が王族になることだって不可能ではないだろう。
「望みを叶えよう」
恐怖で涙が浮かび視界が歪む中、悪魔がメイドの中に入り込んだ。
すぐに異変が訪れる。
メイドは体を痙攣させながら、関節があり得ない方向に曲がり、肌の色が灰色になる。さらに角、羽、尻尾も悪魔と同じものが生えてきた。
痙攣と同時に変身も終わったようだ。
メイドは立ち上がると己の手を見ている。
「ふむ。実体を得るのも悪くはない」
思っていた通り、契約の対価は体を差し出すことだったようだ。
体は死んでいないが意識が残っていない状態だろう。
恐怖は薄れてきたので、涙を拭きながら立ち上がる。
俺が使役できるような存在ではないので、メイドとの契約を遂行するつもりがあるか確認はしておこう。
「ヴァルモントを破壊をするのか?」
「契約は守る」
悪魔の周囲にいくつもの火の玉が浮かんだ。あれは『ファイヤーボール』と呼ばれる魔法なんだが、無詠唱で使ったようだ。人間ではできない。
火球の一つを動かして壁に当てると、爆発をして破壊してしまった。
爆風が俺の肌を焼いたが気にはならない。
部屋には大穴が空いている。
残っていた火球は床や天井に当てて屋敷を壊していく。
悪魔が空へ旅立つ姿を見ながら、俺は崩壊に巻き込まれて気を失ってしまった。




