(マティルダ王妃視点)邪魔をする存在
後宮には正妻である私の他に、クローヴェン第一王子の母親であり側妻のディーナだけが住んでいます。
私たちはお互いの息子を次期王にするべく勢力争いをしていて、少し前まで私は完全に負けていたのだけど、クローヴェン第一王子がローゼンベルク公爵家のクラリッサと婚約破棄。新しく平民と婚約したことで貴族から多くの離反者が出て、私の勢力は盛り返してきました。
でも国内に二つしかない公爵の一つであるローゼンベルク家は、未だにクローヴェン第一王子派にいます。
娘が粗雑な扱いをされたのに、過去の恩義を感じて残っているようですね。
私がクラリッサを罠にはめて離脱させようと思ったのに、予想外の結果でした。
こうなったら実力行使しかありません。私の派閥に寝返れと脅すためにローゼンベルク家の侍女の一人を毒殺してやったけど、激怒した当主に反撃されてしまい私の専属侍女を一人殺されてしまいました。
政略、資金はあちらが上だと認めるしかないでしょう。
またやり過ぎればアルフォンス国王陛下の怒りを買ってしまうため、直接攻撃はこの辺で手を引くしかありません。
何があっても私の元に付かないのであれば、私の手で没落させてあげましょう。
ローゼンベルク家の弱点は追放されたクラリッサにあります。最後の愛情なのか勘当をしなかったので、彼女が問題を起こせばお家取り潰しも可能でしょう。
長く仕込んでいた成果を確認するため、王城の一室にデシアン子爵を呼び出すことにしました。
◇ ◇ ◇
バルコニーにテーブルと椅子を用意して、私は紅茶を飲みながら正面に座るデシアン子爵を見ます。
顔色は悪い。どうやらクラリッサへの嫌がらせは不調みたいね。
「成果を聞かせてもらえる?」
「……新発見したダンジョンの魔石回収は順調に進んでおります」
「あら? 私は失敗させるように仕向けろと言ったけど? どうしてかしら?」
デシアン子爵が治めているヴァルモントを犠牲にする代わりに、私の息子が王になったら宰相にしてあげる約束をしています。
今もその約束を守るつもりなんだけど、上手くいかないなら話は別。斬り捨てることも考えなければいけませんね。
「粗暴な冒険者を雇って、ヴァルモントを荒らす計画はどうなったのかしら?」
「連絡を取っていたグリッドが我々の意図に気づいて逃げだそうとしたので殺しました」
「死体は確認したの?」
「いいえ。ですが、激流に飲まれたので死んだのは間違いないかと」
詰めが甘いように感じるけど、死体が確認出来ないのでは仕方がありませんね。
扇動する存在が消えてしまったら、冒険者ギルドを機能停止させる計画は失敗とみていいでしょう。
ですが、私の企みはこれだけじゃない。第二、第三の手が残っています。
「商隊の邪魔については?」
「潜り込ませたスパイは見つかって牢獄に入れられてしまいました。またどこからか資金を手に入れたようで、衛兵の採用が進んでおります。治安を悪化させる方法も上手くいっておりません」
できる限り表情を変えないようにしていたのだけれど、眉間に青筋が浮いてしまいました。
それを見てデシアン子爵の顔色はさらに悪くなっていく。体は震えていて怯えたネズミのようね。
哀れな姿を見て少しは怒りが収まったように感じます。
「誰が資金を提供したかわかっているの?」
「主立った商家には確認しましたが、どこも大金を動かした気配はありません。不明です」
「あなた、そんなに無能でしたっけ?」
私としたことが思ったことをそのまま言ってしまいました。
けど仕方がないじゃない。
衛兵を強化できるほどの資金が動いたのにわからないなんて、本当に宰相になるつもりがあるのかしら。
無能な味方ほど恐ろしいものはないし、物理的に首を斬って関係を終わらせましょうか。
いえ、それじゃダメね。アルフォンス国王陛下に怒られてしまいます。タイミングを見計らって、馬車の事故に遭ってもらいましょうか。
「申し訳ございません! 私にチャンスをください!!」
デシアン子爵が頭を下げて命乞いをしてきた。
いい具合に追い詰められているわね。
「いいでしょう。最後のチャンスを与えてあげる」
「ありがとうございます!」
勢いよく顔を上げたデシアン子爵は媚びるような笑みを浮かべている。
「あなたはヴァルモントを潰す覚悟はあるかしら?」
「潰すとは……」
「言葉通りの意味ね。街を一つ消滅させる必要があるんだけど、できるかしら? できないなら他の方に頼むだけ。無理しなくていいわよ」
「やります! やらせてください!」
冷たく接したら見捨てられると思ったようで、同意してくれたわ。
自身をも滅ぼす計画だというのに。
内心で笑いが止まらない。
扇を開いて口元を隠すと、私の侍女がテーブルに古びた本を置く。
「これは悪魔の書と呼ばれる本よ」
デシアン子爵は何も知らないようで手を伸ばしかけたので、扇を閉じて叩く。
「軽率に触ってはいけません。本を開いて文字を読めば強制的に悪魔と契約させられます」
「申し訳ございません」
本の恐ろしさをわかったようですぐに手を引っ込めた。
「契約したらどうなるのですか?」
「体を乗っ取られて理性がなくなり、悪魔が勝手に暴れ回ると言われているわ。これをクラリッサに使わせなさい」
「それは……少し酷なのでは?」
顔と同じぐらい甘いことを言う男ね。
他人を陥れ、殺し、自らの地位を上げていく。
それが貴族だというものよ。
「それじゃあなたが悪魔と契約してヴァルモントを滅ぼしてくれるの?」
「…………クラリッサに契約してもらいましょう」
「ええ、そしてローゼンベルク家は責任を取らされ、没落する。その流れがベストよ」
私の誘いを断ったのだから、このぐらいのことはしないと気持ちが収まらない。
きっちりと後悔してもらうわよ。
「その後はどうされるのですか? 悪魔は野放しですか?」
「私の息子が討伐して武功を立てるわ」
数十年は国際情勢が安定していて戦争が起こっていないので、誰も武功を立てられません。
クローヴェン第一王子も同じで、訓練場の評価は高いけど、実戦では別じゃないかと疑問視されている。
そんなときに悪魔が出て私の息子が武功を立てたらどうなる? 他の追随を許さないぐらいの高い評価を得るでしょう。
元来、高い武力を持っているからこそ国が維持できる。
軟弱な王子よりも戦いに秀でた王子のほうが好まれるのは当然の流れ。特に軍閥系の貴族は私の派閥に乗り換えるることでしょう。
「おお! さすがマティルダ王妃様。素晴らしいご計画ですね!」
「世辞はいらないから、クラリッサに渡して悪魔と契約させるのよ?」
「お任せください! 必ず達成して見せます!」
無能がヤル気を出していて不安が脳裏をよぎる。
保険をかけていた方がよさそうね。悪魔との契約が失敗したときに備えて、潜り込ませたメイドに新しい命令を出しておきましょう。




