逃げるが勝ち
「だが俺には兄貴がいる。なんとかなるんですよね?」
グリッドから期待する目をされている。
言葉にはしていないが助けて欲しいと訴えかけているようだ。
「ただし絶対に助かるとは言えないが、過去に貴族から逃げた方法を教えることはできる。ただし……」
「条件があるんですね? お聞きします」
話が早いな。それほど追い詰められていると思っていい。
きっと近日中に経過報告をする機会があるんじゃないだろうか。その時に殺される、なんて思っていれば下手に出て素直になるか。
焦っていて後がないなら、条件は呑んでくれるだろう。
「行儀の悪い冒険者を街から追い出して欲しい」
「それ以外は?」
「ない。ヴァルモントには真面目な冒険者だけ残したいんだ」
例え活動する冒険者が一時的に減ってしまったところで、稼げるとわかれば冒険者はやってくる。
治安さえ確保できれば、やりようはあるのだ。
グリッドが連れてきたと思われる冒険者を排除して、時間を稼いで立て直しをしたかった。
「いいでしょう。条件を受け入れます」
「貴族の依頼を受けた間抜けに確認を取らなくてもいいのか?」
「ふはは、兄貴も人が悪い。俺がその間抜けだから問題ないですよ」
ついに白状した。やはりグリッドがデシアン子爵の手下から依頼を受けて、冒険者ギルドの治安を悪化させていたらしい。
この取引が終われば正常化に向けて大きく動くはずだ。
「助かる可能性があるのはグリッドだけだ。それでも協力するか?」
「もちろんです。他のヤツらは事情を知らずに暴れているだけなので、俺が言えばどこかへ行きますよ」
手下は何も知らないか。証拠隠滅のために殺されるのは、直接関わりのあるグリッドだけのようだ。
仲間には仕事が終わったと解散命令を出せば、ヴァルモントから去ってくれるはず。
予想していた状況と大きく変わりない。
俺が作った防具を渡せば、運が良ければグリッドも生き残れるだろう。
テーブルに六角形の金属の塊を置いた。
「兄貴、これは?」
「使い捨ての防御結界だ。一度発動させると24時間は発動を続ける。これを使って死を偽装するのが最善だ」
これは俺も使った防具の一種だ。
内部に入っている魔石の魔力を抽出して、周囲に頑丈な結界を張る。空気は通すが魔法や物体は防げるので、非常に使い勝手がいい。
俺は貴族に追われて逃げ場のない崖に追い詰められ、リリィと一緒に飛び降りたとき防御結界を発動させて、川に着水。激流に流されながらもダメージは受けずに無事、死んだことになったというわけだ。
同じことをグリッドがすれば逃げられるだろう。
「具体的にどうやって死を偽装するのですか?」
「川が流れている崖に落ちて死んだと思わせればいいだろう。同じことをしたヤツは何人かいるが、全員生き残っている」
「実績もあるんですね。その言葉信じますよ?」
「義娘のリリィの名にかけて効果があると誓う」
「……わかりました。取引は成立です。防御結界を受け取りましょう」
手を伸ばして防御結界を取ろうとしたので、腕を掴んだ。
怪訝な顔をしたグリッドが俺を見る。
「持ち逃げは許さない。お仲間の冒険者はヴァルモントから離れるように伝えるんだぞ」
「成功報酬を渡せば、こんな田舎からすぐに出て行きますよ」
「金はあるのか?」
「前金をもらっているので、それを使う予定です」
俺にとって最悪な結果は、防御結界を持ち逃げされて粗暴な冒険者がヴァルモントに残ることだ。
大切なマジックアイテムを失って治安は悪化したままじゃ、目も当てられないからな。
まあグリッドの様子を見る限り、後がないのは間違いないので一人で逃げることはないだろうが。
「約束は守れ。裏切るなよ?」
「わかってます。後が怖いので、兄貴を裏切るようなことなんてしませんよ」
「いい判断だ。明日にでも動きがなければ……」
「わかってます! ちゃんとやりますから!」
この程度で勘弁しておいてやろう。
腕を放すと、グリッドは防御結界のマジックアイテムを掴んだ。
懐に入れると立ち上がる。
「今すぐ動きます。お世話になりやした」
最後の挨拶と言わんばかりに頭を下げて会議室から出て行った。
そこからの動きは速かった。翌日には粗暴な冒険者の多くがヴァルモントから出て行ってしまう。冒険者の人数は減ってしまったが、真面目な者が残っているのでトラブルは起きていない。
また一般人の中にもグリッドの配下はいたようで、住民とのトラブルも大きく減っている。これは嬉しい誤算だ。
残った冒険者たちは朝早くからダンジョンに潜って魔石を持ち帰り、夕方ぐらいには宿に入る、といった一日を繰り返している。
ルカスやシアも絡まれることはないようで、順調に金を稼げていた。
肝心のグリッドも姿を消しているが、死体が見つかったという話は聞こえてこない。
近くに流れの激しい川があるので、上手く死を偽装できたのだろうか。それとも失敗して殺されたか。情報が入ってこない俺にはわからないが、幸運が訪れていることを祈っている。




