冗談よ。冗談。
王妃はクラリッサの協力者だと思っていたのだが、話が間違いないなら逆の立場のようだ。
これもシナリオ通りの展開なのだろうか。思い浮かんだ疑問をぶつけてみる。
「なぜここが狙われているのでしょうか?」
「それは……」
話している途中でドアがノックされたので、アリシアが開くとメイドが入ってきた。
綺麗なんだが、なんとなく生意気そうな顔をしている。
仲良くはなれなさそうだな。
「クラリッサお嬢様、来客があるなんて聞いてませんが?」
「急用だったのよ。対応はわたくしとアリシアがするから、あなたは通常業務に戻りなさい」
「せめてご用件だけでもうかがえますか?」
主人が帰れといったのだ。普通なら大人しく引き下がるところじゃないか?
食い下がるのはおかしい。
アリシアの顔を見る。無表情を装っているが、イラ立ちを感じているようだ。
やっぱり俺の感覚は間違いないぞ。見知らぬメイドは常識外のことをしている。
「あなたには関係のないことよ」
「ですが……!」
「クラリッサお嬢様のお言葉が聞けないのですか?」
怒りを抑えた声でアリシアが見知らぬメイドの前に立った。
言い返そうにも大義名分はこちらにあるので黙ったままだ。
数秒の睨み合いが続くと、頭を軽く下げて見知らぬメイドは去って行った。
ドアが閉まるとクラリッサが小さくため息を吐く。
「彼女は私の雇用主ルシアン子爵が派遣したメイドなんだけど、実際はマティルダ王妃の密偵よ」
「目的はクラリッサ様の監視ですか?」
「邪魔もしてくるわ。王家は後継者争いが激化しているから、わたくしを使って何かをさせたいようね」
懐に敵がいるなんて最悪の状況じゃないか。しかも狙いはわかっていない。困ったな。
敵は一手、二手先を行っている。
しかもクラリッサが反乱する原因は、協力者だと思っていたマティルダ王妃、そして王子同士の後継者争いにつながっていたのか。
「衛兵の採用にも口を出してくるし、無理を通そうと思えばルシアン子爵から注意される始末。もうわたくし一人じゃどうしようもないわ。だからガルドの力が必要なの。先ほどの言葉は信じてもいいのかしら?」
協力するって言ったことだな。
リリィとシア、ルカスの関係を思えば、首を縦に振るしかない。
「もちろんです。具体的に何をして欲しいのですか?」
「一番必要なのは、わたくし個人で動かせるお金よ。それさえあれば衛兵を雇って治安が回復できるわ」
多くの冒険者がまともに活動してないので、資金が足りないままなのだろう。またダンジョンから魔石が手に入ったとしても換金するのに時間がかかるので、すぐ手に入る金がほしいのは納得できる。
「大金貨で30枚。これならすぐにお渡しできます。貸すなんてことは言いません。ヴァルモントのために譲りましょう」
アーティファクトを売っていた時代に大金を稼いでいたので、衛兵を雇う金ぐらいは提供可能だ。
金貨に換算すると300枚になる。これだけあれば人数の増強に動けるはず。
「そんな大金……よろしいので?」
「死蔵させるより、今ここで使うべきだと判断しました」
クラリッサに大金貨を渡しても、生活には困らないほどの貯蓄はある。
ヴァルモントのために金をクラリッサに渡した方が、長い目で見ればリリィのためになるのだ。
「ありがとうございます」
代官だというのに、平民である俺に頭を深く下げた。
街のためにプライドすら捨てられるなんて素晴らしい。やはり住民として信用ができる。
金を支払うぐらいで状況が改善するなら安いものだ。
「それと冒険者ギルドは俺に任せてください。秩序を取り戻すよう動いてみます」
ギルドのルールを無視するほどの騒ぎを起こす原因に心当たりがあった。
俺の予想が当たって、ことが上手く進めば少なくとも冒険者ギルド内は通常運営に戻るだろう。衛兵の手を煩わせることもなくなるはずだ。
「よろしいのですか? ガルドさんが強いのはわかっていますが、相手はランクCやBもいるのですよ」
そういえば二人には言ってなかったか。
余計な心配をさせてしまったな。
「こう見えても元ランクAですから、力負けなんてしませんよ」
「ランクA! 強いと思っていましたが、それほどとは思いませんでしたわ!」
ランクBとAには大きな隔たりがある。才能の壁とも呼ばれていて、ランクAになれるのはごく一部だ。
鍛冶師の俺が壁を越えて最大ランクに到達できたのはアーティファクトの力もあってことだ。
素の力で言えばランクAの中でも最弱の部類に入るだろう。
「資金さえあれば衛兵は集められますし、冒険者ギルドの問題も解決の目途が立つとは……ガルドさんに出会えたことは、大きな幸運ですわね!!」
興奮しているようで、クラリッサは立ち上がると手を取って、体を乗り出し顔を近づけてくる。
貴族令嬢としてはあり得ない行動で、はしたないと批判されるべき態度だ。
俺から手を振り払うわけにはいかずアリシアに助けを求めるように視線を向ける。
「そのまま結婚されたらどうでしょうか? ほぼ勘当されている状態なので、立場については何とかなりますよ」
「いい案ね! 元ランクAでアーティファクトを作れる方でしたら、お父様も納得するはずよ」
「でも俺は死んでいることに……」
「公爵家の力を使えば何とかなる……って冗談よ。さすがに無理だというのはわかっているわ」
クラリッサは手を離してソファに座ってくれた。
冗談と言っていたが本気だったようにも感じられた。
きっと一人で戦っているのが辛くて、頼りたくなったんだろうな。
少しぐらいであれば俺に寄りかかってもいい。
そう思えるほど俺はクラリッサのことを気に入っているし、理想的な代官だと考えていた。




