お互いの覚悟
クラリッサと会うため、一人で代官が住む屋敷に来た。
門の前には一人の男がいる。屋敷を守っているのだろうけど、治安が悪化した今では人数が足りないと感じてしまう。最低でも二人、できれば武装した人が三人ぐらいは欲しいところだ。
人手不足というところが、ここを見るだけでもわかる。
ゆっくり近づくと門番が俺を見た。
「何か用でも?」
「俺はガルドと言うんだが、クラリッサ様に会わせてもらえないか?」
発言した自分が突っ込むのもおかしな話だが、門前払いされても不思議ではないな。
帰れと言われるのが当然で、しつこく食い下がれば不審者として捕えられてしまうだろう。
拒否されたら伝言だけ頼むか。俺が来たと伝われば後でアリシア辺りが店に来てくれるはずだ。
「お前がガルドか……」
門番は俺の姿をじっくりと見ている。風貌を確認しているのだろう。嫌な視線は感じないので好きにさせておくと、しばらくして軽くうなずいた。
「入っていいぞ」
「俺が言うのもおかしな話だが、すぐに許可を出してもいいのか?」
「クラリッサ様から、ガルドという男が来たらいつでも通してよいと聞いている」
すんなりと話が進んで疑問に思っていたんだが、事前に通達があったのか。
アポイントすら取ってないのに素通りなんだから、きっと俺が来るのを首を長くして待っていたのだろう。
『早く会いたいわ。助けてガルド』
なんてクラリッサの幻聴が聞こえてくるようだ。
自ら泥沼にはまっている気もするが、街が大変なことになっているので気にしてはいられない。
門を通って前庭を歩く。
綺麗に剪定された木々が道なりに植えられていて、遠くには色とりどりの花や紅茶を飲むテーブルなどが見える。小鳥たちが芝生の上で歩いていて、のどかな雰囲気を感じる。貴族の屋敷と比べて庭は小さいが、十分に手入れはされている。金は無いけど最低限の見栄は維持できているわけか。クラリッサたちの努力がうかがえる。
屋敷の玄関に着くと、ドアが開いてアリシアが迎えに来てくれた。
「お待ちしておりました」
「突然の来訪なのに、ですか?」
「ええ、ガルドさんならいつでも歓迎しますよ」
「鍛冶師でしかない俺には過分な扱いですね」
「そんなことありません。私たちの生命線なのですから」
「金づるの間違いでは?」
「そうとも言いますね」
悪びれる様子もなく、にこやかな笑顔を浮かべられてしまった。
完全に頼っていますよと堂々と言われている。清々しい対応だ。ここまでされると好意すら感じるから不思議だ。
「ただ今回はお金だけじゃありません。元冒険者としてのお知恵も借りたいので、客間に案内いたしますね」
鍛冶師ではなく冒険者か。ギルド内に発生している問題は認識していそうな口ぶりだった。
アリシアは背を向けると歩き出したので後を付いていく。
客間は一階にあるようで廊下を歩いてすぐに到着すると、中に通された。
ソファが左右に置かれていて奥には窓ガラスがある。外は庭があって景色はよい。太陽の光も入り込んでいて明るい部屋だ。壁には風景画も飾られていて、ちょっとした待ち時間を潰せるようにもなっている。
「ガルドさんは左側の方にお座りください」
素直に指定された場所に腰を下ろしてクラリッサを待つ。
絵画を見ながら時間を潰していると、数分ほどでドアが開いてやってきた。
激務が続いているのか、目の下にうっすらと隈があって疲れているように見える。
「お待たせしたかしら?」
「いえ、今来たところです」
「そう。ならよかったわ」
空いているソファにクラリッサが座ると、アリシアが紅茶を入れてくれた。
一口飲んで喉を潤す。
「急な来訪でご迷惑じゃありませんでしたか?」
「ガルドさんならいつでも歓迎ですわ」
主従揃って同じことを言われた。知らない間に親密度が上がっていたようだ。
フリーパス券をもらったみたいでちょっと怖い。
「それで今日はどのようなご用件かしら」
「冒険者ギルドが半ば崩壊している件について知っていますか?」
「ガルドさんもお気づき……いえ、当然ですわね。むろん、わたくしも存じておりますわ」
予想したとおり認識はしているようだ。
これなら話は早い。
「何か手を打つ予定はありますか?」
「その点でわたくしからガルドさんに聞きたいことがありますわ」
「なんでしょう?」
「ヴァルモントに来る冒険者はなぜか粗暴者ばかりで、真面目な方が来てくれないの。理由はわかるかしら?」
「自然ではありえません。誰かが意図して調整していると思います」
じゃなければ、ギルドのルールが無視されるほど崩壊するなんて起こらない。
「やっぱりそうなのね」
「心当たりがあるのですか?」
「聞いたら引き返せなくなるわよ。それでも聞きますの?」
目を閉じてルカスやシア、ロディック、アリシア、クラリッサの顔を思い浮かべる。
面倒事は嫌だからリリィと逃げればいい。それが俺の考えだったが、ヴァルモントで作られた絆によって考えが変わってきている。
貴族との関わって人間の汚い側面も見てきたが、ヴァルモントでは逆に温かみを感じることもあった。
俺は人間を嫌いにはなりきれない。
踏み込めばリスクはある。
だが、何もせずに見捨てるには後味が悪すぎる。
遠慮なく頼ってくれと、前にアリシアへ言った言葉を嘘にはしたくない。
父親としてリリィの笑顔を曇らせないためにも、シナリオを崩壊させるべく踏み込むべきだ。
それで結果的に損をすることになるかもしれないが、義娘に社会、いや世界ってのは捨てたものじゃないって教えてあげたいのである。
「俺でできることがあれば協力しますよ」
「国が相手でも?」
「……ヤバくなったら一緒に国外逃亡しましょうか」
ちょっとだけ予防線を引いてみたのだが、それがよかったみたいでクスッと笑ってくれた。
「魅力的なご提案なんですが、お断りいたします。わたくしは最期まで戦いますわ」
鬼気迫る、といった感じが適切かもしれない。
俺なんかよりも数段上の覚悟を感じる。
もう二度と追放されたくないという気持ちもあるんだろうけど、為政者としての責任感が大半を占めてそうに思えた。
「それで今回の裏には誰がいるのですか?」
「マティルダ王妃よ。あの方がヴァルモントを窮地に陥れようとしているの」




