(クラリッサ)領主様の無茶振り
知らせは突然にやってきた。
私の雇用主であり、この土地を治めているデシアン子爵が視察に来るとのこと。
手紙が届いたのは一週間前で、発見したダンジョンについて話があるみたいだわ。
屋敷の中は慌ただしく、まるで嵐の前の静けさを忘れたかように動き続けておりますの。
最初に手配したのは食事。わたくしが普段食べている質素なものを出してしまえば、怒りを買ってしまうため貴族に相応しい料理をしなければならないわ。食材の手配にお料理人とのコース内容の打ち合わせ、さらにワインの選定まで。まったく、やることが山のようにございますわね。
他にも徹底的な清掃と面談するに相応しい衣装の用意などもしなければならず、屋敷にいるメイドがアリシアだけという時点で、他の業務を止めて睡眠時間を削り、働くしかなかったの。
お金がない時期に大量の出費をしてしまって、悪夢のようだわ。
本当に迷惑な男よね。来るなって追い返したい所なんだけれど、デシアン子爵はマティルダ王妃の派閥に入っていて邪険にはできないの。
歓迎しなければ誇張した話をマティルダ王妃に伝えるはず。
そうなったら支援も終わってしまうわ。
まだダンジョンを発見したばかりで、大した収益が出ていない今、切られてしまうのは本当に困ってしまいます。
ご機嫌を取ってさっさと帰ってもらうのが一番ですわね。
◇ ◇ ◇
私とアリシアは屋敷の玄関に立っていると、馬車が一台止まりましたの。
御者が降りてドアを開くと、現れたのは金髪で見た目だけは整っている男でしたわ。
「こんな寂れた街でもクラリッサ嬢は今日も美しいね」
歯が浮くようなセリフを言ったのがデシアン子爵で、相変わらず自分がモテると思っているみたいだわ。
わたくしは中身のない男は嫌いなんだけど、そんなことを言ってしまえば関係が終わってしまう。
頬が引きつるのを我慢して、なんとか笑顔を作って見せますの。本心を見せないのは令嬢としてのプライドね。
「デシアン子爵も相変わらずお美しいですわ」
「そうだろう。なんせ君たちとは生まれが違うからね。美しさのレベルも三つぐらい違うんじゃないかな」
目の前にいるわたくしが公爵家の令嬢だと忘れているのかしら? いえ、違うわね。見下すような目は、もう公爵家の人間として扱う必要がないと物語っているわ。
実際のところ実家を追い出されたわたくしは、ギリギリ貴族として扱われる身分だから間違いではないんですけれど。
「おっしゃる通りですわね」
機嫌を損ねないように同意すると、アリシアが屋敷のドアを開けてくれましたわ。
「ご滞在される部屋に案内いたします」
「うむ。よろしく」
エントランスから階段を使って二階に上がり、来客用の部屋に通しました。
この後すぐに晩餐となるので、わたくしは料理の状況を確認しつつ問題ないと判断を下すと、先に食堂へ入って座って待つこと30分。
食堂のドアが開いたので立ち上がって頭を下げる。
声をかけずにデシアン子爵は最奥の席に座ったので、わたくしも腰を下ろしたわ。
すぐにアリシアが料理を持ってきた。
テーブルに置かれたのは木製の皿に入った塩津家のチーズや近くで取れた燻製の魚、あとは大麦のスープのセットね。かなり奮発したんですけど、デシアン子爵は気に入らなかったみたいで嫌そうな顔をしていたわ。
でもね。ワインはすごくいいのを持ってきたのよ。
料理を配り終わった後に、アリシアがデシアン子爵のグラスにワインを注ぐ。
「ふむ、いい香りだ」
どうやら芳醇な香りに満足したご様子みたいね。
ほっと胸をなで下ろしましたの。
「これは王家の直轄領で作られた20年物のワインです。デシアン子爵に相応しいかと思いますわ」
「ほう、よく手に入ったな」
「マティルダ王妃からゆずっていただきましたの」
「それなら味は間違いないだろう。腹が減った。食事を始める」
これを合図にしてデシアン子爵がスープを飲み始めたので、私は塩っ気たっぷりのチーズを口に入れる。
酸味を感じつつ乳の旨みを強く感じた。飲み込むと後味は塩辛さだけだったので、ワインを流し込んで口の中をさっぱりとさせる。
美味しいけど塩がきついのよね。
「寂れた街では、これが限界か。まあいい。手紙でも書いたがダンジョンのことについて少し話したい」
銀のスプーンを置いてデシアン子爵を見る。
何を言われるのかわからないけど、無難にやりすごさなければなりませんわ。
「以前は利益の半分をヴァルモント、残りを私に収める話で進めていたが、割合を変えたい」
「ヴァルモントに残るのはどのぐらいになりますか?」
「1割だ」
肉を切るためのナイフを投げつけたい気分になったわ。
額に突き刺さればきっと面白いことになるわよね。
「変更の理由を教えていただけませんか?」
理不尽な要求をして腹が立ったわたくしは、デシアン子爵をボコボコにする妄想をしながら聞いてみました。
「改めて考えてみたんだが、ヴァルモントに金は必要ないと思ってね」
「そんなことはございませんわ。ダンジョンという資産を効率よく扱うには、何もかもが足りないのです」
「利益の1割を渡すんだ。それで何とかしろ」
「売上が大きく落ちてもよろしいので?」
「私を脅すのかね?」
「違います。事実を述べただけですわ」
ヴァルモントに渡してもらう利益が減るのであれば、冒険者を集める施策を全部中断しなければならないの。
また冒険者の育成、ダンジョン調査依頼などもできなくなって、売上を最大化させるのは難しくなってくる。これは純然たる事実で、お金がなければどうしようもないことよ。
わたくしの言葉を聞いて、考え込んでいたデシアン子爵が口を開いた。
「どのぐらい減る?」
「概算で売上の3~4割ぐらいですわね」
「多いな……」
「利益の3割をもらえるのでしたら、減少分を1割まで抑えられると思いますわ」
相手が飲み込めない条件を出した後に、無難な案を言えばどうなるか。
目の前のデシアン子爵がわかり易い。検討の余地が大いにあるといった感じで悩んでおりますわ。
ふふふ、思惑通りに進んでいますわね。




