第9話 月下の共鳴
遺跡調査から三夜後、満月。王都の外れの岬で潮汐観測を行うという名目の“見張り当番”に、私はアガニオと二人きりで派遣された。
月光は銀の梯子を海面に架け、波は静かな子守歌を奏でる。焚き火がぱちりと爆ぜ、アガニオの横顔を朱く染めた。
「海は鎮まってる。けど君は……ざわついてる」
彼は私の手を取る。掌を伝う脈は、潮と同期するかのように波打つ。
「お前の水は、俺の火と喧嘩する。でも、共鳴もする」
そう言って彼は私の手を胸元に当てた。心臓の鼓動が、焚き火のリズムと重なる。私の鼓動は波打ち際の返す泡沫。
「火と水は本来相容れない。だけど、蒸気みたいに重なり合える場所がある。俺は……その場所を探したい」
頬が熱いのは焚き火のせいだけじゃない。
「私も怖い。でも、あなたとなら」
言い終える前に、沖合で水柱が立った。満月の光が白鯨の背鰭を照らす――否、それは鯨ではない。海霊の巨影。
「潮位異常だ。次の満月波動が早い」
アガニオは火炎紋を輝かせ、緊急信号弾を灯す。紅蓮の火線が夜空を裂き、王都へ悲鳴のように飛んでいく。
私は海へ杖を向け、波を鎮める歌を口ずさむ。水面が僅かに落ち着いた瞬間、月が雲へ隠れ、影が岬を包む。
闇の中で、彼の指が私の額をそっと撫でた。
「怖かったら、叫べ。俺が火で照らす」
彼の熱と私の潮が、たしかに共鳴した。その刹那、脳裏に真珠球で見た未来断片――“月下で抱き合う二人”が重なり、胸を刺す不安と期待が泡立った。
潮の吠え声は次第に遠のき、月が再び顔を出す。
見上げると、銀のトライデントを形づくる三つ星が煌めいていた。
予言に告げられた“槍”は、私自身の覚悟かもしれない。
――世界が揺らぐ前に、揺れる心を定めねばならない。




