第8話 失われた海の都市
数日後、王室探索艇シーヴェールは黎明の海を滑った。目的地は“ラウ=アケロン”――海底遺跡。女王直轄の学術調査に、私は「波の継承者」として同乗する。護衛は狩真と獅王、魔術支援に猫嵐、そして熱源管理にアガニオ。
魔術結界で囲った気泡潜航球が海中へ降りると、群青の闇を光藻が照らす。珊瑚の尖塔、崩れた螺旋階段、潮に磨耗した壁面レリーフ――かつて栄華を誇った水王国の骸。
中央ドームの天蓋に、銀のトライデントを掲げた少女のフレスコ画を見つけた瞬間、鼓動が加速する。
私だ。
足が縫い付けられたように動けない。
猫嵐が魔法灯を向け、古代詩文を読み上げる。
「——波の娘よ、汝が槍を掲げし時、世界は再び揺らぐ」
名を、詩が呼んだ。冷水より冷たい戦慄が背を伝う。
さらに壁画の下層には、炎を纏った影の騎士と、水を掲げる姫が対峙する構図。アガニオが眉を寄せた。
「火と水が敵対……でも、その境目に花が咲いてる。共生の象徴か?」
解析中、狩真が崩れた柱の影を斬り払う。暗闇から現れたのは仮面を被った潜水兵。先日、嵐の日に襲来した“黒衣”と同系統。海中での戦闘。
私の杖が水圧を操り、螺旋水流を放つ。獅王の短剣が影を裂き、アガニオの炎弾が海水を瞬間蒸発させ泡幕を作る。
敵は遺跡を破壊しながら撤退し、崩落が始まった。
撤収寸前、私の足元が割れ、空間が上と下を入れ替える感覚。視界が黒転――次いで蒼。
そこは遺跡の最深部、鏡のように滑らかな空洞。中央に純白の真珠球が浮かび、内側から波紋の光を放っていた。
触れよ。海の声。
指先を伸ばすと球が砕け、無数の水滴が宙へ散った。その一点一点に映るのは、未来の断片。崩れゆく王宮、仮面の軍勢、そして月下で抱き合う自分と炎の少年。
「ネライア!」
アガニオの腕が私を引き寄せる。結界符が展開し、上方の仲間たちがロープを投げる。遺跡は完全に瓦解、光藻が雪のように舞う中、私たちは球体残骸を回収して撤退した。
海面へ戻ると、朝焼けが世界を赤金に染めていた。私は胸奥の海が上げ潮になるのを感じながら、予言の言葉を反芻した。
槍を掲げれば、揺らぐのは世界か、私の心か。