第6話 アガニオの秘密
襲撃の余波で王宮は緊張の糸を張りつめている。私は一人、鍛冶場へ向かった。夕闇の炉は赤く呼吸し、火花が静かに舞う。その中心で、アガニオが鎚を振るっていた。
「君が来ると思っていた」
彼は笑い、左手の布をほどく。
手の甲に刻印された火炎紋は、熔けた鉱石のように脈打っていた。鉄槌の音が止むたび、紋は炎の呼吸を繰り返す。
「これは神託の印。火薬の神子にのみ刻まれるらしい。でも、最初はただの呪いだと思った」
彼は語る。
――幼い頃、山火事で村が消えた。炎だけが彼を選び、家族や友を奪った。生き残った彼の掌には焼け爛れた紋が残り、以後、火は彼に従った。周囲は畏怖し、彼自身も炎を憎んだ。だが薬草と出会い、燃やす火ではなく癒やす火があると知った。
私は炉の熱に頬を灼かれながら耳を澄ませた。
「君の水は優しい。けど波は時に大陸を呑む。――火も同じ」
アガニオはそう言い、トングで真紅の鉱片を水槽に沈めた。ジュッ、と立つ蒸気。炎と水がぶつかり、白い霧が宙で溶ける。
「壊す力より、繋ぐ力を信じたい。俺は火と薬を繋ぐ。君は? 波と何を繋ぐ?」
問いは真っ直ぐで、けれど強要しない熱を帯びていた。
私は水槽から立つ霧へ手を伸ばす。冷たいはずの水滴が、彼の熱を抱いて温かい。
「私は……まだ怖い。自分が何を壊すのか、何を救えるのか。でも――」
霧の向こう、朱の瞳が灯る。
「でも、あなたとなら、進んでみたいと思う」
火花が二人の間で瞬き、炉の息吹がそれを祝福するように揺れた。
外では夜風が潮を運び、遠雷のように低く海が吼える。
嵐は去ったはずなのに、世界は静かに胎動している。
やがて来る“交流訓練”――私は新たな仲間と出会い、心が複数の方向へ引かれていくのだろう。だがその前に、ここで得た確信を胸に刻む。
強さとは力の行使ではなく、調和をもたらす精神力。
それを教えてくれたのは、炎を抱く彼の手だった。