第5話 嵐と仮面の襲撃者
翌日。南の空に黒雲が湧いた。潮位が急上昇し、街路から運河へ逆流する水が青白い火光を帯びる。王宮は急ぎ防衛結界を張るが、その幕を破って〈黒衣の集団〉が現れた。
彼らは喪服のように重い布で全身を包み、顔を滑らかな仮面で覆っていた。仮面の表面には錆びた海砂が張り付いている。黙したまま槍を構える姿は、まるで水葬船に積み込まれた亡者。
「波の継承者を引き渡せ」
低い男声が、結界の内側にすら塩の湿りを滲ませた。
私は執務室の窓辺からその光景を見下ろし、背筋が凍るのを感じた。――私を指しているのか?
王宮騎士団が応戦するが、仮面たちは水を刃に変え、風を鎖に変え、静かに前進する。結界水晶が軋む音に胸が痛む。
そのとき、手元の銀杖――女王から預かった“海鳴きの杖”が震えた。
護れ。誰の声でもない潮騒が、耳の奥で鳴る。
私は窓を蹴り、回廊を駆け、王宮前広場へ飛び出した。
仮面の兵が私に気づき、槍先が月光を裂く。瞬間、胸の奥が波打ち、杖が蒼く発光した。
「流れて、裂けて、護り給え――」
詠唱を知らない。けれど言葉より先に水が動いた。足元の石畳から湧き上がった水柱が弧を描き、刃となって仮面を叩き割る。中から覗いたのは、死人のように白い顔。だが生きていた。彼は無言で後退し、仲間とともに潮流へ溶けるように姿を消した。
嵐は去り、私の掌だけが潮水で濡れていた。
「守りたい」――そう叫んだ記憶が微かに残る。力は願いに反応しただけ。だが、見てしまった者は囁くだろう。
波の継承者は目覚めた
胸中で、崩れゆく海の王国の幻が再び揺れる。
私の力は滅びの記憶と、どう結び付いているのだろう。