表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
波と炎は恋に落ちる-継承者ネライアの異世界予言録-  作者: NOVENG MUSiQ
第4章 ここにいる――名を返す都市の拍

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

48/48

第48話 ここにいる

 翌朝、港の甘い匂いは“睡貝を煮る葡萄糖”に変わっていた。港湾局は睡貝を回収し、厨房で砂糖菓子へ降格させる。罪は食べ物へと処置され、牙を抜かれた匂いが街に広がった。

 豹鱗は作業着に袖を通し、杭の列を一本だけわざとずらす。

 豹鱗「等間隔は美しい。だから、罪が隠れやすい。これからは“ずれ”を標準に」


 獅王が笑い、杭の影を指でなぞる。

 獅王「いいずれだ。獲物は穴を失う」


 王城では、女王が遅延の印を封筒へ入れ、私に預けた。

 エルフィラ「返す必要が生じたときだけ、開けなさい。遅延は愛の手つきであり、負債の手口でもある」


 燈司は封の仕様を記録し、公開範囲を定める。秘密はもう“誰か一人の所有物”ではない。都市で共有される責任になった。

 市井では“呼び合い”が生活の儀式に溶けた。台所は調理前に二唱、舟室は出航前に二唱、屋台は閉店前に二唱。学び舎の子どもたちは、点呼の代わりに『ここにいる』を歌にして覚える。三回、最後の半拍は遅らせる。━━“けほけほ、けほ”。

 渇きはその咳を嫌い、街角で育ち損ねる。

 塔室、灯の温度。アガニオが掌を重ねる。


 アガニオ「君の沈黙、今日は俺が守る番じゃない?」

 ネライア「守られたいけど、守る。二人分で」


 嫉妬は灯り、疑心は刃。彼の火は前者のまま、私の喉を温める。白叉を布に包み直し、柄に額を当てる。問いはまだ続く。『誰に返す?』

 ネライア「まず私へ。次に、あなたへ。次いで、皆へ」


 音依亜とネライアを交互に呼ぶ。喉が濡れ、胸の拍が街の拍と重なる。

 猫嵐が窓外で風を弾ませる。

 猫嵐「ずれた灯、好き。音楽みたいだね」


 狩真は刀を拭い、鞘に収めたまま言う。

 狩真「抜かない時間が長いほど、抜く日が遠のく」


 リコイは砂時計を横倒しにして微笑む。

 リコイ「時間はもうこちらの味方」


 私は小さく息を吸い、街へ向けて言う。

 ネライア「ここにいる。ここにいる」


 風は門の閂、火は灯り、水は羅針。伴柱は立ち、都市は眠り、そして起き続ける。明日は作業の続き。作業は英雄譚より長持ちする。

 白叉は一振り。運用鍵は三分。三者一致でしか開かない質問は、今日も街のどこかで小さく鳴り、誰かの名を返す。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

本編の外でひとつお知らせを。


現代側

『水は匿名、火は署名―渚ヶ丘高校・潮祭ホイッスル係の夏―』を、Talesで公開しました。

“波に呑まれる前”――ネライアになる前の音依亜の高校最後の夏を描いた短編です。

https://tales.note.com/noveng_musiq/wov407nuyxiwa


読み順:本編の重大ネタバレは避けてあります。今読んでも、後で読んでもOK。


もし読んで「ここが好き」「この一文が刺さった」などありましたら、感想やレビューをいただけると本編の筆がさらに進みます。

引き続き、波と炎の行方を見届けていただければ嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ