第47話 玄叉、削除の終わり方
――無響庫で整えた作法を、外気に延ばして“無響域”にする。
場所は鐘楼下の窪み。潮燈線が交差し、昨夜まで穴の縁が残っていた地点だ。門を三重に重ね、場そのものを裏返す。交渉の机をひっくり返すために。
ネライア「第一門――【海潮同律】」
アガニオ「第二門――【熾火律動】。低拍で床に浸す」
猫嵐「第三門――【風紋合奏】。閂は半拍遅らせる」
三つの門が重なり、広場一帯が無響域へ転じる。ここでは祈りも命令も“返らない”。返らない場は、**玄叉(黒の槍)**が最も嫌う地形だ。
黒い柱影が立ち、声のない声で条件を列挙しようとする。誰かの名を差し出せば港は救う、火を刃にすれば王都は眠れる――それが遅延を肥らせてきた論法。けれど今日は、玄叉の“台”がない。
リコイ「返事をしないことが返答になる場所。ここだけは、片側が黙っていられる」
燈司「記録。交渉文、採録不能。無響域により“条件”は紙片未満」
私は白叉を胸に立て、質問だけを通す。三者一致の合図がそろう。
白叉『誰に返す?』
対象が特定されないかぎり、刃は沈黙を突き破らない。糸口は絡まず、玄叉は自重で痩せる。━━“けほけほ、けほ”。
咳は三度。三拍目は半拍遅らせた。
アガニオ「終わりは爆ぜないほうがいい。灯りは続くためにある」
狩真は刃を抜かず縁だけを留め、獅王は逃げ跡を剥がす。猫嵐は風で“拍の埃”を掃いた。
やがて影は“紙より軽い”透明に薄まり、座標だけが残る。私は柄でそっと押さえ、位置情報として燈司へ渡した。
燈司「格下げ完了。危険物から“記録の見出し”へ」
リコイ「交渉の机がない限り、彼らは増えない。強くも、しつこくもない。ただ“薄い”だけ」
胸の内で二人の名を交互に呼ぶ。音依亜、ネライア。判決は併存。どちらの沈黙も私の資産。
ネライア「ここにいる」
鐘楼が一度だけ呼吸し、街路の灯が順に明滅する。勝利の音は小さい。だから長持ちする。生活に似ている。




