表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
波と炎は恋に落ちる-継承者ネライアの異世界予言録-  作者: NOVENG MUSiQ
第4章 ここにいる――名を返す都市の拍

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

46/48

第46話 返す順番

 夜明け三度、掌の火炎紋は微光を取り戻した。刃にはしない――拍だけを照らす灯。

 白叉を布で包み、街へ出る。午前の空気は麻と潮とパンの湯気が折り重なり、薄い甘さが舌の奥でほどける。合図は簡単だ。私が言う。

 ネライア「ここにいる」


 猫嵐が頷き、風で拍を配る。アガニオは低く拍を刻み、三拍目を半拍だけ遅らせる。━━“けほ”。

 空気が小さく咳き、名の通り道が開く。

 最初は台所。鍋の蒸気が天井で輪になり、吊りお玉がかすかに触れて鳴る。白叉は刺さずに向ける。刃の形だけをした問いを湯気へ浸し、【運用鍵】――発起(私)・拍持ち(アガニオ)・拡声(猫嵐)の三者一致を指先で確認する。


 ネライア「【海潮同律】、通り道を濡らす」

 アガニオ「【熾火律動】、低拍」

 猫嵐「【風紋合奏】、閂は半拍遅らせて」

 白叉『誰に返す?』

 私「あなたたちに」


 老い夫婦が互いの名を呼ぶ。━━“けほ”。

 失われかけた呼名が湯気に混じって戻り、皿の上で蒸気が一度だけ強く立った。

 次は舟室。麻ロープが指を刺し、樽は冷たい腹で船底に寝ている。若い水夫が弟の名を出しかけ、飲み込む。私たちは三者一致の合図を重ね、鍵を遅らせる場所を共有する。


 ネライア「返す。あなたが先に呼ぶ」

 水夫「……ここにいる、キオ」


 名が空間に定着するまで半拍。そこでわざと鍵を遅らせる。━━“けほ”。

 弟の声が木目から滲むように返った。泣き声は刃ではない。切らずに開く音だ。

 昼下がり、屋台。果実酒の甘さと油の匂い、硬貨が木箱を叩く軽音。恋人同士は喧嘩の残滓を抱え、互いの名を避けて注文だけを投げ合っている。ここも順番の“一”。白叉は布越しに反響板へ触れ、三者一致の頷きを交わす。


 猫嵐「笑わせる係、任せて」

 彼が大げさに値切ると周囲が笑う。その拍に鍵を合わせる。━━“けほ”。

 片方がつい相手の名を呼び、もう片方が頬の塩味を舐めてうなずく。笑いは渇きに効く。

 最後は学び舎。黒板は乾いて粉っぽく、子どもたちは声の順番をまだ下手に守る。拒んだ者――名を口にするのを恐れる子に、私は白叉を向ける。刺さない。向けるだけ。


 ネライア「返すのは私じゃない。君が選ぶ」

 子「……ここにいる、ぼく」

 白叉は一瞬、重さを忘れる。教室の空気が薄く湿り、机の木目が素直な音を返した。


 燈司「誤配なし。手順通り。記録に残す」

 リコイ「リズムは“生活”の速さで。無理は続かない」

 夕刻の広場で私は膝に白叉を横たえ、深呼吸を数える。踏んだ場の数だけ、街の湿りは増え、交渉の机は外へ追いやられる。


 狩真「刀は抜かずに済んでいる」

 獅王「穴は埋まり方を覚えた。次は“根の薄化”だ」


 アガニオが私の手に拍を渡す。灯りの温度はやさしく、刃ではない。

 アガニオ「行ける。明日は“交渉そのもの”を殺さずに外す」


 私はうなずく。返す順番の地図は描けた。次は、条件という名の毒に“無響”をかける番だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ