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波と炎は恋に落ちる-継承者ネライアの異世界予言録-  作者: NOVENG MUSiQ
第4章 ここにいる――名を返す都市の拍

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第45話 名渡しの儀・改

 王城大広間。磨かれた床に月光が薄い塩膜のように張り、三つの杯と三つの名札が並ぶ。第28話と同じ配置――ただし今日は先に門を立てる。沈黙は私の資産。資産の周りに最初からフタを置く。

 私は壇の縁に掌を当て、薄膜を敷く。


 ネライア「【海潮同律】、名の通り道を濡らす」

 アガニオ「【熾火律動】、低拍。火は灯り、刃にしない」

 猫嵐「【風紋合奏】、閂は半拍遅れ。鍵を先に差す」


 四隅の影は柔らかく太り、格天井がゆっくり呼吸を始める。燈司は筆を走らせ、リコイは月の角度を測る。狩真は侵入する影の向きを“留め”、獅王は出入口の“穴”を探す。伴柱が場を支える。

 女王エルフィラが一度目の名を呼ぶ。


 エルフィラ「ネライア」

 ネライア「ここに」

 呼ばれることで、私は棚へ戻る。二度目。


 エルフィラ「ネライア」

 ネライア「……ここに」


 間の湿りを確かめる。ここまでは“声”。三度目――私は沈黙で返す。沈黙は空ではない、私が所有する資産。同時に門がフタとして作動する。

 三人「【交響蒸潮・第三式〈潮門封鍵〉】」


 見えないところで無潮霧が儀式の“無”へ額をぶつけ、━━“けほ”。

 霧は退き、沈黙は守られた。杯の水面は震えず、名の糸だけが強くなる。

 女王は印章を置き、静かに言う。

 エルフィラ「遅らせてきたのは、愛。たしかに負債でもあった。いまは、皆で返します」

 私は小さく頷き、壇の縁へ細い潮の符を描いてすぐにぼかす。残滓でよい。読めなくていい。


 燈司「儀、完了。沈黙は“他人の無”に奪われず、座は都市側のフタで保護」

 リコイ「呼称層の時差的脱落、回復。返す場を“生活”へ移せる」


 アガニオが拍をひとつ渡す。

 アガニオ「次は町だ。台所、舟室、屋台、学び舎――順番を外へ持っていく」


 猫嵐は私の肩へ風を置く。

 猫嵐「合図は『ここにいる』の二唱。三拍目は半拍遅らせ、笑わせながら“咳”を誘う」


 私は白叉を包み直し、柄越しに体温を確かめる。刃は今日も黙らない。『誰に返す?』

 ネライア「呼び合う関係から。独占をほどき、共に持つ。――行こう」


 大広間を出ると、城下の潮燈線は意図して一本ずれて並んでいた。等間隔は美しい。だが美は罠の布団になる。ずれは狙い、狙いは地図、地図は怖さの薄め方。私は喉の裏で小さく唱える。

 ネライア「ここにいる」


 言ったぶんだけ、どこかの台所で湯気が濃くなり、舟室のロープが素直に鳴り、屋台で誰かが誰かの名を正しく呼ぶ。明日、白叉は街へ出る。返す順番を、生活の拍で配るために。

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