第44話 豹鱗、告白と投函
港務所へ戻ると、朝の麻の粉と水晒しの睡貝の甘さが混じっていた。豹鱗 水梳は段取りの整った顔で立つ――余白の美しい男。だが袖口に残る粉の匂いは、今日は砂糖より塩に近い。甘さが潮へ降格している。
豹鱗「私は無潮霧の“郵便係”。座と座の間に“遅延”を差し込む役でした」
言葉の整いに比べ、目の奥の皺だけが素直だ。体裁で包んできた罪に、疲労が追いつかなくなっている。
燈司が受け取ったのは、抜かれていた帳簿の“白”――戻った一冊。紙は乾いて軽く、綴じ紐は新しい。燈司は表紙の余白に指を置き
燈司「白は意図。あなたの余白は美しすぎて、逆に読めた」
と言う。
豹鱗は小さく笑って、続けた。
豹鱗「最初は救いでした。暴発を“遅らせる”。子どもの寝息を守るために。けれど遅延は癖になる。私は“投函先”を選ばなくなった」
リコイは息を細く吐く。
リコイ「愛に似た弱さは、渇きにいちばん利用される」
帳簿には、座の複製手順と投函記録――手紙の体裁で罪が保存されていた。私は白叉を抜かず、柄の縁で紙の温度を確かめる。冷たい。いま返すべき相手は“記録”だ。人を斬らない。
獅王が一歩前へ。
獅王「穴は埋める。お前の手でも埋めさせる。作業だ」
狩真は視線で退路を封じ、猫嵐は港の風へ笑いの拍を混ぜる。
私は言う。
ネライア「あなたの“遅延”を、都市の記録へ“投函”して」
豹鱗は頷き、白の頁に自ら記入を重ねた。副座の位置、投函の日時、仲介の合図。美しかった余白は、証言で埋まっていく。
燈司「受領。王室文庫へ複写、公開範囲を指定。白はもう“秘密”ではない」
アガニオが掌で拍をひとつ刻む。
アガニオ「戻れ。段取りは好きだろ。今度は“返す段取り”をやれ」
豹鱗は港の副座三か所を示す地図へ自分の名を署名した。昨日まで蒸発していた署名が、今日は紙に残る。私は喉の奥でそっと唱える。
ネライア「ここにいる」 ━━“けほ”。
空気が一度だけ湿り、麻ロープの匂いが丸くなった。罪は投函され、都市が受け取った。次は“都市の沈黙”を守る番だ。




