第42話 偽ネライア、拍の欠落
回廊。夜の脈拍が灯の列で刻まれる。曲がり角の先に“私”が立っていた。顔も姿も、声の高さまで同じ。けれど、拍がない。
偽ネライア「港の副座は囮。白叉を捨てて、城の印章を持ってきて」
文言は“正しい言葉”の並びなのに、二拍目と三拍目の間に空洞がある。猫嵐が風で埃を巻き上げ、床へ音の等高線を描いた。
猫嵐「うん、拍が空。『呼ばれた名の返事』がない」
狩真は刃を抜かず、影の逃げ道だけを留める。
狩真「言葉は似てるが、呼ばれ方が違う」
私は白叉を刺さずに向け、胸元で構える。
ネライア「【白叉応答】。――誰に返す?」
偽は答えを探すが、見つけられない。似姿は“名の所有者”ではなく借り物だからだ。呼ばれても返事の拍が生まれない。
偽ネライア「……城、印章、遅延の……」
燈司が短冊に音節を採譜し、空白だけを抜き出す。
燈司「沈黙の質が違う。こっちの無は“他人の無”。君のは“君の資産”」
アガニオが低くテンポを打つ。
アガニオ「【熾火律動】低拍。半拍遅れ、いくぞ」
私は【海潮同律】で膜を張り、猫嵐が風の閂を入れる。三者一致。
三人「【交響蒸潮・第三式〈潮門封鍵〉】」
門は閉じるために立ち、偽の輪郭に“咳”を生ませる。━━“けほ”。
影が剥がれ、床石に三叉の影だけが残った。影の向きは港ではない――内陸だ。
リコイ「三叉は星座。読み替えれば渇海廟の柱配列」
燈司は回廊の砂塵を叩き、星図に重ねる。
燈司「一致。港の副座は“戻り口”で、根は廟」
獅王が短く笑い、私の髪飾りを整える。
獅王「穴は嫌いだ。だから掘って、埋める。明日は根だ」
偽は空気に散り、甘い麻の匂いが一瞬だけ残った。港を連想させるが、行き先は逆――城の外縁から乾いた窪地へ。
私は白叉を包み直し、胸の内で自分を呼ぶ。
ネライア「ここにいる」
喉が湿り、沈黙が私のものであることをもう一度確かめる。次は、黒柱の星座――根の反転。門は開けるためではなく、閉じるためにもう一度立てる。




