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波と炎は恋に落ちる-継承者ネライアの異世界予言録-  作者: NOVENG MUSiQ
第4章 ここにいる――名を返す都市の拍

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第40話 白い刃は質問を深める

 城の背骨を降りきると、無響庫は“返事を諦めた空気”で満ちていた。ここでは声は吸われるのではなく、ただ戻ってこない。祈りも命令も、壁の内側で終わる。昨夜に決めたとおり、私は白叉の“再取得”ではなく“再調律”に来た――奪うためではなく、返すための刃に、街の拍をもう一度合わせる。

 台座の周りに三つの印を敷く。火・風・水、そして私。先日取り決めた【運用鍵】――発起(私)・拍持ち(アガニオ)・拡声(猫嵐)の三者一致が、返答の唯一の条件だと、あらためて場に刻む。

 燈司「手順は公開。二者合意では動かさない」


 アガニオは掌の火炎紋を灯りの温度へ落とし、壁の影を太らせる。

 アガニオ「火は灯り。刃にしない」

 と一度だけ言う。倫理は合図で足りる。繰り返せば鈍る。


 猫嵐は埃へ風を与え、渦で室内の凹凸を描く。

 猫嵐「三拍子、三拍目は半拍遅れ。霧は“咳”を嫌う」


 私は布から白叉を抜き、刺さずに柄を額へ当てる。冷たさが焦りの輪郭だけを削る。刃は黙らない。きょうの問いは一段深い――『誰に返す?』だけでなく、『どの順で、どの場で、どの声で返す?』

 私は胸の底で答えを整える。呼び合う関係から始め、失われた関係へ橋を渡し、最後に拒んだ者へ。場は台所、舟室、広場。声は生活の拍――泣き声や笑いが混ざっても崩れない速さで。

 白叉の縁に薄い潮紋が浮かぶ。無響庫で“返る”のは正解ではなく、方針の輪郭だけ。リコイは月齢と潮位を壁へ記し、『乾いた場で返すと、名はまた乾く』と短く添える。

 私は【海潮同律】の膜で室内を包み、白叉の質問を都市テンポへ引き寄せる。

 三者(+記録)「【交響蒸潮・調律篇】」


 蒸気の螺旋は上がらず、床下へ沈む。沈む渦が“返答の深さ”を計り、半拍遅れで拍を揃えるほど、刃先はさらに薄く――奪わず返すための薄さへと研がれていく。

 燈司「校了。これで『誰に返す?』は『今ここで返してよいか?』に分岐する」


 私は喉の奥で自分を呼ぶ。

 ネライア「……ここにいる」


 庫の白は応えない。けれど額の下で拍は確かに戻った。出るまで言葉はいらない。出さない沈黙は、私の資産。

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