第39話 豹鱗の余白
夕刻、桟橋の杭に黒い三叉の焼印が浮いた。聖痕めいた白が、その周囲だけ整いすぎている。港湾長・豹鱗は、笑ったまま人波から抜け落ちた。
ネライア「あなたを疑いたくない」
豹鱗「私も、疑われたくない」
交差点に穴が開く。縁は磨かれていて、落ちても怪我をしないよう“親切”に見える。その親切さこそが悪意だ。
猫嵐「“優秀”に消える人は、戻る場所を先に用意する。副座は三つ、戻り口も三つ」
燈司は失われた帳簿一冊ぶんの“空白”を別紙で補う。抜き跡の断ち切りが紙繊維まで綺麗――丁寧すぎる手癖だ。
燈司「白は意図だ。『ない』は情報」
獅王「穴は埋める。埋めさせる。郵便係なら、今度は戻す側の作業をしろ」
狩真は港から城内へ抜ける“影の回線”を仮封する。刃は抜かない。
狩真「封は仮。明日本封する」
アガニオは灯りを欠いた掌で、拍だけを私へ渡す。
アガニオ「三和音で“閉じる門”を、港の三座に同時に立てる。芯は第二式のまま、鍵だけ第三式に差し替え」
リコイは砂時計を返し、月の角度を書き足す。
リコイ「明夜、無響庫で白叉の“再調律”を。刃は奪う道具じゃない、問う器具。返す順序を都市の拍に合わせ直す」
私はうなずく。白叉は“再取得”ではなく“再調律”。条件は出さない。呼び合いを増やし、記録で挟む。門は閉じるために立てる。
胸の奥で、音依亜とネライアを交互に呼ぶ。判決は併存。私が私を返す順番は、いつでも最初。ここで躓けば、他人の名を返すときに手が震える。
ネライア「ここにいる」 ━━“けほ”。
港の風がわずかに湿り、杭の焼印は“読み取り線”だけ残して痩せた。
夜のはじめ、灯を一本ずらす。等間隔は美しい。だが美は罠の布団になる。ずれは狙い、狙いは地図、地図は怖さの薄め方。
私は白叉の柄を握り、皆の顔を見る。火は灯り、風は閂、水は羅針。伴柱で支える。返す夜へ向けて、生活の拍を一段上げた。明日は無響の白で“問い”を研ぎ澄ます。奪い返すためではなく、返すために。




