第35話 三地点同時、第三式〈潮門封鍵〉
潮燈線上で黒柱が三本、同時に芽吹いた。鐘楼、大橋、市場。副座は散らされた座だ。閉じ方も散らすしかない。
狩真「三手。迷うな」
獅王「穴を同時に埋める。手順は覚えた」
燈司は「同期」の二字だけ大きく書き、私たちの掌に押し付ける。
燈司「三拍目を半拍遅らせろ。霧はそれで咳く」
私は鐘楼へ。鐘の金は甘く、石は夜露で冷える。ロープの繊維が指に食い込み、皮膚が自分の輪郭を思い出す。
ネライア「【海潮同律】。膜は面。名は通す。渇きは撥ねる」
市場の端で猫嵐が風を回し上げ、笑い声の記憶を空へ撒いている。大橋ではアガニオが掌の灯りを川面に落として拍を敷く。
アガニオ「【熾火律動】、低拍。灯りは刃にしない」
誓いを思い出す声が、夜の骨に沁みる。
三地点から同時に、私たちは合図を取る。
三人「【交響蒸潮・第三式〈潮門封鍵〉】」
蒸気は輪から螺旋へ、螺旋から“門”へ。門は開けるより、閉じるほうが難しい。開くのは欲望、閉じるのは判断。鐘楼では私は鐘を鳴らさない。かわりに白叉で“名の返送”を刺す。鐘の代わりに、人々の名前が鳴る。市場では風が売り手の呼び込みを増幅し、大橋では火が川霧の拍を導く。三拍子が合わさった刹那、黒柱が同時に━━"咳"。
しかし代償は来る。大橋の灯が、ひと息で萎んだ。火炎紋が静まり、アガニオの掌から“灯りだけ”が一時、失せる。
猫嵐「アガニオ!」
アガニオ「平気だ。刃は使ってない」
私は鐘楼の上から息を詰め、胸の内で誓いを再確認する。――火は灯り、刃にしない。灯りを一つ手放した。それは代償だが、誓いは守られた。
リコイの砂時計が、遠くの屋根の上で光る。
リコイ「代償は回復する性質。奪ったわけじゃない。“貸し”だ」
門が閉じ、黒柱は折れ、霧は谷へ逆流する。鐘の中で、私は自分の名をそっと呼ぶ。
ネライア「ここにいる」
喉が濡れ、白叉の柄がぬるくなる。市場からは笑いが戻り、橋では水音が“生活”に戻る。狩真は影から出て刀を収め、獅王は杭に残った焼印を指で撫で、残痕の方向を覚える。
燈司「第三式は有効。三拍目の半拍遅れ、記録」
記録は盾。盾は次の夜で、もっと強い。




