第3話 出会いは火と風と
宮廷の薬草園は、潮風と土の匂いが溶けあう秘密の温室だった。
棚を彩るのは瑠璃の花弁、灰色の茸、陽光を浴びると歌う蔦――いずれも異邦人の私には名も用途も覚束ない。
それでも手を伸ばした。海で拾った貝殻のように、未知のものほど胸を高鳴らせる。
「触れるときは根元を撫でるといい。葉脈を刺激すると毒が走るから」
背後から、柔らかなテノール。振り向けば、炎のように波打つ深紅の髪が陽光を反射していた。
彼――Aganeoは、朱の瞳孔を細め、人懐こい笑みを浮かべている。
薬草師見習い、そして火薬の神子。
肩に提げたホルダーには粉薬や乾燥花、火打石が整然と収まる。
彼の体温は周囲の空気よりわずかに高く、近づくだけで冬の炉辺のような心地がする。
「君は……海の客人だろ?」
「どうしてわかるの?」
「潮の香りが肌から抜けてない。あと、瞳の奥に深海がある」
そう言って覗き込まれた瞬間、胸が跳ねた。彼の視線は暖かい火、けれど焦げつくほど熱くはない。
アガニオは育てた薬草を私の掌に載せる。触れた瞬間、薄荷のような清涼と微かな燻香が立った。
「火は破壊だけじゃない。正しく扱えば、薬と同じで癒やしになるんだ」
その言葉が私の中の冷えを溶かす。気づけば笑っていた。
別れ際、彼は右手の布をまくり、刻まれた火炎紋を見せた。
「……秘密、ね。俺はこれで炎を制してる。《火》と《薬》は両刃。でも、君の《水》もきっと同じだろ?」
彼の熱と私の波――相反するはずの二つが、風に攪拌されひとひらの蒸気になる。
その夜、私は再び海底の夢を視た。暗く静かな水の底で、真珠のティアラをいただく少女がトライデントを掲げ、私を呼んでいた。彼女の髪は私と同じターコイズブルー。だがその瞳は、揺れ動く怒りの炎を宿していた。
――私の中に海と炎が同居する。
まだ知らない自分が、掌の内で脈を打つ音を聴いた。