第27話 嫉妬は灯り、疑心は刃
夕暮れ、訓練場の砂は温く、塩気のある風が薄い甘さを運んでくる。私は木剣を置き、呼吸を数えた。数え方を間違えると、胸の中の潮目が崩れる。そこへアガニオが腰を下ろす。
アガニオ「君が他の誰かを見るたび、俺の火が少し大きくなる。……嫉妬、だと思う」
その告白は乱暴で、優しかった。灯りの温度で焚かれた嫉妬は、周りを焦がさない。私は笑いそうになって、やめる。笑いは彼を甘やかすから。
狩真は木陰で刀を拭きながら、こちらを見ないまま言った。
狩真「刃は妬かない。人は妬く」
猫嵐は砂に指で円を描き、軽く舌を出す。
猫嵐「風は全員に平等。だから誰にでも優しいって誤解される。誤解されるの、嫌いじゃない」
獅王は私の髪飾りをくるりと回して返し、白い歯を覗かせる。
獅王「欲しいものを欲しいと言う。奪わない時もある。今日は返す日」
胸の潮位がばらばらに上がる。嬉しさと怖さの混血児が、肋骨の裏で走り回る。
リコイは砂時計を逆さにし、静かに置いた。
リコイ「渇きは“未確定の関係”を好む。名前の置き場所が揺れるから。君たちは決めるほどに、渇きから遠ざかる」
私は頷き、皆の名を心でゆっくり呼ぶ。アガニオ、狩真、猫嵐、獅王。呼ぶたびに紐が結ばれ、結び目の数だけ、進む方向が限定される。限定は自由の敵ではない。迷子の敵だ。
燈司が訓練場の端から声を投げる。
燈司「副座の候補を三つ洗った。潮燈線上、灯の“等間隔から外れた一点”。丁寧すぎる美が、噓の継ぎ目を隠すのに使われた例、多数」
猫嵐「等間隔、ずらすの気持ちいいよね。音楽でも」
狩真「ずらしは狙いだ。無意識じゃない」
私は砂の上に小さな三角を描く。火、風、水。真ん中に“門”。
ネライア「誓いは継続。火は灯り、刃にしない。風は門の閂。水は名の通り道。――それから、今のうちに言っておく。私は選ぶ。選ぶ以上、捨てる。捨てる痛みは、後払いにしない」
アガニオが息を呑み、掌で私の指を包む。
アガニオ「なら、俺も選ぶ。燃え尽きる案は拒否。伴柱で支える」
狩真「俺は裏切らない」
猫嵐「僕は笑わせる」
獅王「俺は穴を埋める」
リコイ「そして、名を呼び合う。渇きは独占を好む。共有は渇きの敵」
訓練場の灯が一つ、二つと灯り始める。火は灯り、刃ではない。私は胸の内の潮譜をたたみ、声に出さずに自分を呼ぶ。ネライア。喉が濡れる。
この先、名渡しの儀が繰り上げられる。女王が長らく遅延していた継承儀は、玄叉の寄生先を限定するために――今夜、沈黙の三度目を門で囲う用意を、私たちは済ませた。
夜風が砂の表面を撫で、等間隔の灯の列に一本だけ、わざとずれた影が差す。ずれは狙い。狙いは地図。地図は、怖さの薄め方だ。私はその影の位置を覚え、まぶたの裏に針で印をつける。次は、沈黙の座に額をぶつけにくる霧を、外側で咳き込ませる番だ。




