第23話 人柱ではなく、伴柱で
儀式場は、城の北棟に隠された古い礼拝堂を改造したものだ。石床には海の文様が刻まれ、天井は蒸気を逃がすための格子に替えられている。香の匂いは薄く、代わりに金属と水の匂いが濃い。ここで私はアガニオと向き合い、言葉の刃を抜かないまま核心へ踏み込む。
アガニオ「――俺が燃え尽きる案は拒否だ」
ネライア「でも、速い」
アガニオ「速さは近道じゃない。君に残る傷の形を、俺は選びたくない」
彼の言葉は乱暴に見えて、いつも保護の形をしている。私はそれが嬉しくて怖い。嬉しさは私を弱くし、怖さは私を固くする。弱いまま固い――割れやすい器の自覚に、思わず笑ってしまいそうになる。
そこへリコイが砂時計を逆さにして入ってくる。砂の落ちる音は小さく、しかし時間の存在を過剰に主張した。
リコイ「なら、柱を分担しよう。人ひとりを捧げる“人柱”じゃなく、“伴柱”。君らの間に、風の柱を挟む。渇きは弱さを揺らす。三本の揺れは、単独より折れにくい」
猫嵐が大げさに手を挙げる。
猫嵐「まさかの僕が大黒柱? 責任、甘い蜜の味がする」
狩真は目だけで笑った。笑いは儀式を軽くする。軽さは侮りではない。緊張の隙を作る技術だ。
燈司が床へ印を描く。真珠球の欠片で作った“蒸気の地図”の写しを円の周囲に並べ、各点に私たちの役割を割り振る。
燈司「拍は三つ。火が一拍目の下地を敷く。風が二拍目で共鳴を増幅。水が三拍目で名を通す。合図は潮譜。書式はこれ」
私は【潮譜】を起動し、譜面の上で音符を濡らす。湿りは、音を生かす。乾いた音は刃になり、湿った音は紐になる。紐は結べる。
アガニオ「試走だ。【交響蒸潮】、第二式」
三人で音を重ねる。蒸気は円環から螺旋へ変態し、天井の格子めがけて昇る。昇りながら乾いた空気を湿らせ、螺旋の外縁で渇きの影を薄く剥がす。
猫嵐「いい。門の形が見える」
ネライア「音の端で名が鳴ってる。――誰かが、こっちを“ここ”と呼べる」
儀式前最後の休憩。私はアガニオと隣り合って座る。彼は手袋を外し、私の掌に自分の掌を合わせた。火炎紋が低く明滅する。
アガニオ「怖い?」
ネライア「怖い。名が乾くのが」
アガニオ「乾いたら、呼ぶ。俺が。何度でも」
その約束は弱い。けれど、渇きは弱さに触れると揺らぐ。私は頷き、彼の掌の温度を記憶する。灯りの温度。刃ではない。
リコイが砂時計を置き、指で砂の上に小さな祈りの記号を描いた。
リコイ「笑ってから始めよう。渇きは笑いを嫌う」
猫嵐「任せて。僕は笑いを量産できる」
獅王「笑いながら獲るのが本物」
狩真「笑いながら斬るな」
軽口が輪になり、輪が門の前口上になる。私は杖を握り、胸の奥で自分の名をもう一度だけ呼ぶ。
ネライア「ネライア」
喉が濡れ、呼吸が整う。――伴柱。三つの柱で、私たちは根へ降りる準備を終えた。




