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9.顔合わせ

 夜会の後、殿下の紹介してくれる人と会うことになっていた。

 少し早めに部屋を退出し、王家の使用人に連れられて約束された場所へ向かう。部屋に入ると、既に殿下の姿があり、護衛の騎士も後ろに控えていた。

 ノーラとの時間も大切にしたいだろうに、わざわざ殿下自らが立ち会ってくださるというのだから義理堅い人なのだと思う。


「お待たせいたしました」

「丁度今来たところだから、心配はいらないよ。それよりも、ミラが来てくれてよかった」

「折角の殿下が取り計らってくださったのですから、ちゃんとこちらへ伺うつもりでしたよ」


 本当は、そのまま帰りたかった。だから来ないと思われていたことに苛立ちや怒りは感じない。殿下の安堵した顔を見て、この顔合わせを誰よりも成功させたいと思っているようだ。


 殿下に見張られていなくても、ここまで来てしまったら、顔合わせくらいするだろう。殿下の気遣いを無碍にしたと噂されれば、それこそどんな目に合うか分かったものではない。そんなことをしたともなれば、まず家を追い出されることは確実だ。相手も渋々会っているだけかもしれないので、今後の付き合いのことはまだわからないけれど。


 あれほど愛称で呼ぶなと言っても忘れてしまうのか、殿下はまた私をミラと呼んだ。何度も訂正するのもどうかと、曖昧に微笑むことしかできない。

 

「流石にここまで来て、やっぱり会えませんなんて、言いませんよ」

「それならよかった」


 朗らかに笑う殿下の顔は、婚約者だったときのそれと同じで、たとえ関係が変わったとしても、私への態度が変わることはないようだ。普通なら会話することも気まずいと思ったり、いろいろ考えてしまうものではないのだろうか。彼はそういった感情とは無縁のようで、私と同じで、本当に私のことを好きだと思ったことなど一度もないからこそ、こんな反応なのかもしれないと思った。


「今日の夜会はどうだった?」

「沢山の方が二人を祝福しておられましたよ。この国も安泰ですね」

「ミラにそう言ってもらうのは、なんだか変な感じだな」


 変なのだろうか。その言葉に何と返事をすればいいのか、分からなかった。殿下の紹介したい相手はまだ姿を現さない。当たり障りのない会話が続けられる。


「何かいいことでもあったのかい?今日のミラは楽しそうだ」

「そうですね、分かりますか?」


 まさか殿下に悟られるとは思っていなかったので、驚いてしまった。伊達に長く婚約者をやっていたわけではないと感傷的になる。彼はこういった他人の機微に聡いのだが、本当に肝心な時は、その能力を発揮してくれないのだから。


「いつもよりも、心なしか笑顔な気がしたんだ」

「そのように見えますか? 殿下の仰るように、今日のパーティでは良いことがありました。色々あり、知り合った方がおりまして、その方とためになる話ができました。とても有意義な時間を過ごせました」

「それはよかった。最初は侯爵の近くにいたような気がしたんだけれど、途中から見失ってしまってね。どこかで誰かと過ごしているのだろうかと心配になったんだ。楽しめたならよかったよ」

「こちらこそ、本日は、このような場に私もご招待いただきありがとうございました」


 こうしてパーティ会場に来ることがなければ、あの人とも会うことはできなかった。彼に会えたことは僥倖だった。


 本当は今すぐにでも家に帰り、魔法の練習をして、いろいろ試してみたい気分だった。けれど約束を不意にするわけにもいかないので、この場には足を運んだ。もう夜も遅い時間だから、そこまで長時間拘束されることもないだろう。さくっと顔を合わせて帰れればそれでいい。きっと相手もそのつもりだろうから。


「ミラに、仲の良い人ができたようでよかった。今までは魔法のことや王家の一員になるために、時間を割いていたせいで、あまり自由もなかっただろう?だからこれからはゆっくり、友人とも過ごせる時間が増えたらいいなと思っているんだ」

「ええ、お気遣いありがとうございます」


 彼のことを詳しく話すつもりはないので、友人だと誤認しているようだが訂正はしない。実際には、名前も知らない他国の男性だ。また会おうなんて言われたけれど、きっともう会うこともないかもしれない。それでもよかった。今日の出来事は私にとってとても有意義なものだったから。


「もうすぐ、彼もこの部屋に来ることになっているから、あと少し待っていてほしい」


 そうして待つこと数分。

 遠慮がちにノックされたドアを使用人が開き、一人の男性が部屋に入ってきた。


「お待たせしました」

「いや、私たちもいま来たところだ」


 二人が談笑している様子から、それなりに親しい間柄であることを感じ取る。年に数度、夜会で顔を見かけたことがあったと、記憶をたぐり寄せる。


「ミラ、彼がデクスター辺境伯の次期当主ステファンだ。ステファン、こちらがレニエ侯爵家のミラグロス嬢だ」

「こうしてゆっくりと話すのは初めてだろう。ステファンだ、よろしく」

「はじめまして、ミラグロスです。よろしくお願いいたします」


 第一印象は、凛々しい顔つきをした寡黙な人。

 森に覆われた我が国の南側にある辺境伯領は、特に魔物の出現が多く、王城の騎士も度々派遣されている。


「辺境の地ということもあり、森から魔物が入り込むこともある。魔物が出てきたときは、自らが率先して矢面に立たねばならない。男も女も武器を持って戦う。君は武術の心得はあるか?」

「ええ、剣は多少嗜む程度ですが」


 教育の際に剣の使い方も一通り叩き込まれた。魔法が使えない分、他の力で補おうとした結果色々なことを率先して学んだ。女が剣を振るうなんて、という批判的な声もあったが、あの頃の私は、できることは全てなんでもやらなくてはいけないと追い込まれていた。魔法ができないことで、周りに負目があった。他にできることは完璧にしないといけないと、意固地になっていたのだ。


「そうか。まさか君のような綺麗な人が剣も使えるとは」

「綺麗だなんて、大袈裟ですわ」


 容姿を褒められたことなんてなかった。気味が悪いと普段から言われていたこの顔も、そんな風に思ってくれる人がいるなんて、思いもしなかった。


 私の周りには物心ついた時から義理の家族と、王家が選んだ話し相手しかいなかった。彼が私を褒めるようなことはなかったし、それが婚約者として当たり前のことだと思っていた。だから何もない時に、普通の会話で人を褒めるような人がいるのかと驚いてしまった。


 婚約解消されたことで、全て無駄になったと思っていたが、意味のないことなんて一つもなかった。もしも辺境の地に行くことになったとしたら、剣の腕があれば、それなりに役に立てるかもしれない。


 今は魔法も少し使えるようになったのだ。この人のことを信用できれば、そのことを打ち明けられたらと思う。会話のペースやテンポも悪くなく、時折私を気遣う様子が感じられる。


「もし、前向きに考えてもらえるのであれば、辺境伯領にも案内しよう」

「ええ、ご迷惑でなければ」

「それはよかった」


 この人のように、本心で心配してくれて、私を必要としてくれる人が、この先いるだろうか。乗り気ではなかったが悪くない人だとは思う。胸を突き動かすような、ときめきはないけれど、政略結婚とはそういうものだ。全ての人が本当に心の底から好きだと思える相手と添い遂げることはできないだろう。ならば、少しでもお互いを尊重し合える相手ならいい。そうなれるのかはまだ分からないけれど。


 私たちの様子を少し見ていた殿下も、悪くないと手ごたえを感じたのか、頷き満足そうに私たちの様子を眺めていた。


 それはとても穏やかな時間だった。

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