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8.いつかの約束

 私が考え込んでいると、ぽんと肩を叩かれる。


「そう落ち込まなくていい。誰もが最初は初心者なのだ。君はこれから魔法が使えるようになるだろう。今は私が支えるから、思うようにやってみなさい」

「ありがとうございます」


 過去のどうにもならない出来事を思い出して卑屈になっていた私を、落ち込んでいると思ったようだ。どうやら励ましてくれたようだ。見ず知らずの初対面の私を励まそうとしてくださるこの人はとても優しいと思った。折角魔法を使えるようになるかもしれないのに、過去をいつまでも振り返ってうじうじ悩んでいてもいいことはないと気持ちを切り替える。


「まずは手本を見せよう。こうやって水をグラスに集めるように念じろ」

「――はい!」


 見様見真似で彼と同じ様に空になったグラスに水が集まるようにと念じる。

 すると先程溢して空になっていたグラスの中には、透明な液体が現れる。それだけの事だが、全く今まで使えなかった魔法が使えたのだ。勿論私だけの力ではない。この人の教え方が良かったのだ。飲み物をかけてしまうことがなければ、魔法を見ることもなく、私が魔法を使えるようにもならなかっただろう。この王城で出会えたことに感謝した。


「思った通り、ミラには魔法の素質がありそうだ。このまま努力を重ねていけば、他にも色々な魔法が使える様になるだろうな」


 笑った笑顔が素敵で、そんな素敵な人に褒められた事に浮かれてしまった。初めて自分の意思で魔法が使えたのだ。


「本当にありがとうございます」

「礼には及ばない。君の持っていた素質だ。私はそれを手助けしたに過ぎない」

「それでも、貴方がいなければ私はずっと魔法が使えないままでした。魔力を流す必要があるなんて、知らなかったのですから。本当にありがとうございます」

「君が魔法を使える様になったことを嬉しく思うよ」


 遠くから二人の声が聞こえてきたことで、ふとそちらに視線が向かってしまう。一瞬、ここが王城で、お披露目の夜会の最中であることを忘れてしまっていた。

 笑い合う二人は、最初から婚約者同士であったかのように、息ぴったりで寄り添う姿に違和感がない。かつて顔馴染みだった人達が二人を祝福する様を遠目から見せつけられる。二人の視界に私は入ることはない。彼らからすれば、私は王城に訪れた人の中の一人にすぎないのだから。そんな二人をずっと見ていると、最初から魔法が使えていたのが私なら、あの場所にいれたはずなのにと、やり切れない気持ちになり、そっと視線を逸らした。


 今更魔法が使えるようになったとして、誰が喜んでくれるのだろう。私には、もう何もないというのに。



「魔法が使えれば、私も必要とされるのでしょうか」


 ぽつりと口から溢れた言葉は、私の本心だったのかもしれない。


「魔法が使えたとしても、使えなかったとしても、君は君だ。力があるからと、手のひらを返したように寄ってくる者はまともではないと私は思うよ」


 その言葉にはっとさせられる。

 私が魔法を使えると誰かに伝えれば、またそれをいいように使おうと私がこれまで蔑まれてきた過去は変わりはしないのだ。媚びへつらい、誰もに優しくする必要などない。私はもう王族として全ての人を守るために生きていく必要はないのだから。


 この力は本当に信用のおける人にしか話さないようにしようと思った。そんな人が、今後出てくるのか分からないけれど。


「そうですよね。変なことを言いました。この力のことはちゃんと私を必要としてくれる人のために使いたいと思います」

「それがいい。それと、これを渡しておこう。きっと何かあったとき、君の役にたつ」


 手渡されたものは、小さなケースだった。その中には黒く輝き光沢がありとても美しい物が入っている。


「それはドラゴンの鱗で作られているブローチだ」

「綺麗ですね」

「君にあげよう。それを持っているといい」

「どうして、これを私に?」


 ドラゴンの鱗は貴重だ。煎じて飲めば薬にもなると聞いたことがある。それを使って作られたブローチともなれば、かなりの値段がつくことは私にも分かる。国が動く程の価値があるだろう。そんな高価なものを今知り合ったばかりの私に渡すなんて、この人は何を考えているのだろう。


「そうしたいと思ったから」

「こんな高価なもの……。他の人が見たらなんて言うか」

「それでも君は悪用したりしないだろう?」

「それは、勿論です」


 満足気に微笑まれ、返すことはできなそうだと悟る。無くさないように、他の人に見られることのないようにそっとハンカチに包んでしまった。

 


「婚約者が変わったのは、最近のことか?」

「ええ、数週間前のことです。今回のパーティはその発表も兼ねて行いたいということになったのです」

「成る程。ここから住まいが離れている新たな手紙が届くのが間に合わなかったという事か。ミラは、ケイリーを憎んではいないのか?」

「よかったんです、これで。きっと私は殿下の事を愛していなかったのですから」


 そこまで親しくもない人にこんな話をしてしまったのは、本当は私の本心を誰かに聞いてもらいたかったからだろうか。


「たいして好意も抱いていない相手と結ばれるより、本当に愛し合っている二人が結ばれたほうが幸せな事ではありませんか。素敵な御伽噺の様で皆が祝福したくなることでしょう。あんなに私の事を絶賛していた人々も私の事など忘れたかの様に二人を盛大に祝っているのですから」

「それは酷い事だ。そうしたら、君はどうなる。人間は、たとえ婚約解消だとしても、その後は生き辛いものになるのだろう?」

「それは……仕方のない事です。その時は修道院にでも行きましょうか。でも清らかな心ではないから難しいかもしれませんね。どうして私ばかりこんな思いをしなくてはならないのかと、皆のことを妬ましく思っている、醜い感情を抱いているのですから。修道院などに入れて貰えないとなったら、他の方法を考えなければなりません」

「……君は、あの事件の事を覚えているのか?」


 事件?もしかして私の家族が亡くなってしまった事だろうか。居ても立っても居られなくなった。


「貴方は、両親が、兄が死んだ理由を知っているのですか?」


 声が思わず大きくなる。いきなり大声を出してはしたなかったことと、過去の事件を口に出したことはまずいと、慌てて口を塞ぐが、私の発言を気にしている様な人は周りに誰もいない。


「安心しろ、他の者には聞こえない様に魔法がかかっている」


 確かにこんな物騒な話をしているのに、誰もやって来ない。その事に少しだけ安堵する。


「私は知っている。だがそれを今君に教える事はできない」

「そう、なんですね」


 皆がこのことに関して口を閉ざすのは何が理由があるからなのだ。けれどこの人の様にここまではっきりと知っていると言ってくれた人はいなかった。


「やはり、教えては貰えないんですね。誰もが本当のことを聞くと口を閉ざすのです。でも私は何が起きたのか知りたいのです。どうか少しだけでも」


 その言葉に男の人は顔を顰める。このことを尋ねれば、皆同じようになる。やはり知ることはできないのかと諦めようとした時。


「私は、昔ある人とこの事は、君に何があっても伝えないと約束をした。その約束を今違えてもいいのか、直ぐには答えを出せない」

「そうだったんですね。それはきっと大切な約束なのでしょう?それは仕方がないです」


 過去に囚われても、意味がないと先ほど思ったばかりなのに、それでも私は事件の真相を知りたいと思う気持ちは消えなかった。

 酷く落ち込んでいるように見えたたのだろう。また先ほどのようにぽんと肩を叩かれる。


「そうがっかりするな。今はまだ言えないが、いずれ教えても良いと思えたら、伝えでも構わない」

「本当ですか!?良かった」

「ああ、それがあのとき約束した相手との話だからな」


 本当の事を知れる機会に一歩近づけただけでも今日この夜会に来て良かったと思えた。

 私は彼に、年配の方々からよく可哀想にと言われる事があったことと、本当に事故なのか、それとも事件なのかと疑問を持つ様になったのだと告げた。


「君はそれを知ってどうしたいんだ?」

「そうですね。もし、事件なのだとしたら、私は絶対に犯人を許さない」

「もし報復できるとしたら、ミラはその為に力を使うか?」


 冗談を言っているとは思えない程真剣な瞳に吸い込まれそうになる。


「そうですね。私にそんな力があれば、きっとそれを望むかもしれません。今の私にはもう何も残されていないのだから」

「そんなことはないと思うが。人の命は短いのに、なんとも面白いものだ。そこまで聡いなら君が望めば、他にも選べる道はありそうだがな」


 多少の自虐も入っていたのだが、目の前の人は私の話を聞いてくつくつと笑う。こんな美しい人の笑いの種にでもなるのなら、今ここでこの話ができた事はとてもよかったと思えた。


「退屈しのぎに参加したのだが、今日は来た甲斐があった。こうしてミラとも話す時間があって良かったよ、ありがとう」

「こちらこそ、大変お世話になりました。ありがとうございます」

「長居しすぎてしまった。また会おう」

「あの、これのお礼がまだ!」


 私が彼に渡されたブローチのお礼もまだ伝えられていなかったのに、渡す前にぱっと彼は姿を消した。忽然と消えてしまう凄さに驚かされつつも、これも魔法なのだろうかと胸がときめいた。


「これ、本当にいただいていいのでしょうか」


 掌の上に美しいブローチがある。夢のような出来事で、この出会いも幻ではないのかと考えてしまう。けれど手にある鱗はそれが夢ではないという証拠である。


 また会おう、か。彼の気まぐれの言葉かもしれないが、また会えるのだと思うと悪い気はしなかった。もしかしたら、このお礼をすることもできるだろう。何ももたない私にできることがあるとは思えないけれど、きっと何か少しくらい役にたてることがあるかもしれない。


 殿下と会う約束をしていた頃よりも待ち遠しいと思ってしまうのは何故だろう。名前も聞いていないことに気がついたが、もう居なくなってしまった後で、どうすることもできなかった。何処の誰かも知らないというのにまた会えるのを楽しみにしているだなんて、私はこの感情が何なのか、まだ気づいていなかった。

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