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5.憂鬱な時間

「――お嬢様、ミラお嬢様」


 遠慮がちに肩を叩かれふっと意識が覚醒する。


 いつのまにか眠ってしまったようだ。机の上に突っ伏して変な体制で眠ったことで、体のあちこちが痛む。オレンジの髪色から、昼間にこのあたりを掃除してくれていたメイドだと察する。


 部屋のランプの灯りは寝起きには少し眩しい。開かれていたはずのカーテンは閉められていて、おそらくメイドが締めてくれたのだろうと思った。


「もう夜なのね」

「はい。お食事の用意ができております。皆様もうお揃いですよ」

「ありがとう起こしてくれて。あまり待たせるとまた彼らの機嫌を損ねてしまうから、ってこんなこと言っていけないわね」


 私が小さく呟くと、くすりとメイドが笑った。


 あまり時間もないので服が変に皺になっていないことを確認し、髪を簡単に整えてもらう。そしてすぐに彼らの待つ部屋に向かった。


「お待たせいたしました」


 部屋に入り声をかける。 

 既に三人は席についており、最後にやってきた私をお義父様が鋭い視線で一瞥し、早く席に着くように促す。


「いつまで待たせる気だ。さっさと席につけ」

「申し訳ありません」


 こういった苦言もいつものこと。

 きっと私が一番早くこの部屋にいたとしても、別のことで私を詰ったに違いない。食い意地が張っていて卑しい奴だと、きっとそんなことを言うだろう。


 なんて、起こりもしなかった未来を考えて勝手に傷ついているなんて。そんなことばかり考えていると気分もすぐれないもので、何か楽しいことでも考えなければと、まずは目の前の食事に集中することにした。


「私の好きな鶏肉のソテーなんですね!」

「ノーラが食べたいといっていたから料理人に頼んでおいたのよ」

「お母様、ありがとう」


 ノーラの希望はこの家で一番重大なこと。

 彼女の幸せが皆の幸せ。両親なら誰だって子の幸せを願うものだ。私より優遇されるのは、実子と養子との差。きっとそういう扱いをせず、分け隔てなく接してくれる親というのも、どこかにはいるのかもしれないけれど、この家では私の存在はいてもいなくても同じだった。


 殿下の婚約者でなくなったあの日から、それは決定的になった。婚約者になるからその恩恵を受けるために引き取ったと何度も聞かされていた。そうでなければ引き取るわけがないと。そんな私は先日婚約解消をしたばかり。当初の目的を果たせなかった私の存在は、彼らにとってただの穀潰しと変わらないだろう。それでも一応育ててもらった恩義はある。なるべく口答えせず、静かに過ごすことが、私にできる唯一の償いだと思っていた。


 彼らの話に耳を傾けながら、並べられた食事をそっと口に運ぶ。私の話が出てくることは殆どないけれど、万が一話題に上がった時、話を聞いていなければそれに対して怒られることや、罰として食事を抜かれることになる。彼らの望むような行動ができなければ体罰を受けることもあった。そのせいで一緒の部屋にいる時は気がぬけない。


 いつからか、家での食事は作業になっていた。このスープも、パンも、鶏肉も、何をたべても美味しさも感じない。いっそのこと、お前の顔を見て食事などしたくないと、共に食事を取らなくて済むようにしてくれたら良いのに。この時間が早く過ぎるように、目を伏せながら黙々とひたすら食べ進める。


「今日はケイリー様がいらしてくださって、お茶をしたの」

「そうか。二人の仲は順調か?」

「お父様、勿論ですわ。今度一緒に街へでかけようと誘われたんです!新しいドレスが欲しいわ」

「まあ、それは素晴らしいことだわ!貴方、ノーラをうんと美しく着飾らないといけませんね。屋敷に仕立て屋を呼びましょう?」

「そうだな。ついでに何着か作るといい」

「まあ嬉しいです、ありがとうお父様」


 三人の談笑する声が響く。この家の家族はこの三人だけ。何故私がここにいるのか。私は最初からお荷物で、殿下との婚約を解消された今、視界に映ることすら望まれていない存在なのだろう。


 食事を与えられ、寝室がある。最低限の生活が保障されているだけでも、ありがたいことだと思った。彼らの怒りをかわなけらば、こうして食事も与えられるし、打たれることもない。それすらも叶わず、酷い仕打ちをうけている人と比べれば、私のこれはまだ耐えられる生活だろう。


「今日はお姉様も、一緒にお茶をしてくださったらよかったのに」


 ノーラが不意に私へと話題を振った。二人の自然がこちらに向けられる。どきりとしながらも、彼らの不興をかわないようなことを言わなければと瞬時に思考を巡らせる。


「二人の邪魔をしてはいけないと思ってお断りさせていただきました。殿下も貴女に会うために屋敷へお越しいただいているのよ」

「でも、お姉様のこと心配していましたよ。最近はどうしているのか、家ではどうやって過ごしているのかって聞かれて」


 婚約をしていたときは、普段家で何をしているのか尋ねられたことはなかったのに、なぜ自分の手元から離れた途端に、私のことを知ろうとするのか。殿下の考えていることはよくわからない。それを今の婚約者である妹に直接聞くところに、配慮というものがないのかと呆れてしまう。


「今度、大切なお話があるといっていましたよ。お見合いの相手を紹介したいとか」

「そう、殿下がそのようなことを」


 断ったつもりでいたが、あの話は私の預かり知らぬところで勝手に進んでいたようだ。自分のしていることが正しくて、相手も喜ぶと思い込んでいる。私は全く望んでいないというのに。


「まさか殿下自らそのようなお相手を見繕ってくれるとはな。何処かの後妻にでもと思っていたが、よかったなあ。殿下が慈悲深いお方で。ミラグロス、その縁なんとしてでも無駄にするな」

「……はい」


 やはり、お義父様は早々にどこかの家へ嫁がせようとしていたようだ。最初から分かっていたことだ。殿下が場を取り持ってくれるというから、下手に手出しができなくなったことだろう。その他の縁談を持ってくることは暫くないと分かるだけでも安心できた。その点に関しては殿下に感謝こそすれど、誰が持ってきた縁談を選んでも、幸せになるとは思えなかった。


「そうだ。お父様、お母様、聞いてください。私、ケイリー様にお願いしたのです。ちゃんと皆に私がケイリー様の婚約者になったと、発表してほしいと。そしたら、今度ある夜会の予定を変更し、私たちのお披露目の時間を設けてくださることになったのです」

「そうか、確かにミラの時は大々的に夜会が開かれたのを覚えている。ちゃんとノーラのことを考えてくださっているようで安心したよ」

「ええ、本当に。ノーラが治癒魔法の使い手だってこともしっかり広める必要がありますからね」

「私にそんな力があったなんて、まだ信じられないけれど、ケイリー様をお救いすることができたんだもの、今後も彼の役に立ちたいわ。それに、皆の前で祝福されたいもの。だから、それには是非お姉様も、参加してくださいね」


 にこりと微笑んだノーラの笑顔が恐ろしいと思えた。私が参加することで、周りから何と言われるのか分かっているだろうに。


「勿論だ。家族なのだから、参加するのは当然のことだろう。ああ、ドレスはこちらで用意しておく。その日は必ず参加するように。まあ、お前にその他の予定などある訳もないがな」


 私が何かいう前にお義父様が勝手にノーラに返事をする。こういうときばかり、家族面しないでほしいが、居場所のない私はこれまで通り彼らの望むことに答えるだけだ。


「はい、分かりました」


 決まって私はそう返事するしかなかった。

 それから私のことが話題に上がることはなくて、食事を終えて自室に戻ったことでようやく解放された。


「疲れた」


 一人になると、落ち着く。誰の視線も感じず、ゆっくりと過ごすことができる。こんな生活がいつまで続くのか、悩みばかり増えていくとため息をついた。

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