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4.生きている理由

 その後、婚約解消の手続きは速やかに処理された。書類に殿下と名前を連名で記載し、陛下が印を押したことで、私達の関係は婚約者から婚約者の親族へと変わった。物心ついた時からずっと殿下の婚約者だったのに、こんな紙切れ一枚にサインをしただけで、あっという間に他人同士になるのだから、人の繋がりとは、本当にあっけないもののように思えた。


「これまで、お世話になりました」

「ミラグロス嬢も達者で」


 最後に陛下に挨拶をする。今後、こうして直接会話をする機会はないだろう。隣に控えた王妃様にも目配せをして一礼し、部屋を後にした。


 実の娘のように親しく接してくれていた陛下と王妃様も、あれは全て演技だったのかと思えるくらい、あっさりした別れだった。掌の返しで恐ろしいと感じてしまうが、王家として必要ではないものを切り捨てるのは、当たり前のこと。きっと慣れているのだろう。


 それを機に私の元へ殿下が来る事はぱったりと途絶えた。代わりにノーラの元に足繁く通う姿を頻繁に目撃する。同じ家に住んでいるのだから仕方がない。結婚式の予定は変える事はない様で、そのままの日程で行うそうだ。ノーラだったらそれを嫌がるのではないかと思っていたが、杞憂だった様だ。早く一緒になりたいと、殿下との関係は良好のようだ。まるで最初から私の存在などなかったかの様に。


 あれから王城へと出入りする事はなくなり、その代わりに自室で過ごす時間が増えた。王城に用意されていた私の部屋も片付けられ、元々たいした物は置いていなかったので、自分の部屋に持って帰るものもなかった。


 私と直接会う事がなくなっても、殿下が通う場所は同じなのだから、偶にすれ違ってしまう事もある。少し気まずそうにしている殿下だが、私はそれ程気にしていなかった。別れを告げられたあのお茶会の日は寂しさを覚えたが、数日も経てばその悲しみは薄れる。それを提案したのは殿下なのだから、受け入れるべきだと思うのは割り切りすぎているだろうか。


「お姉様!よろしければ一緒にお茶でもしませんか?」


 私が庭に面した廊下を通りかかると、庭で二人が丁度お茶を飲んでいる最中だった。ノーラの誘いに一瞬驚いた様に目を瞠る殿下。私が参加するとなれば、楽しいお茶会が一変、針の筵になる事だろう。


 ノーラは天真爛漫で裏表がなく、人当たりもいい。両親がどれだけ私に冷たく当たろうとも、私に態度を変える事はなかった。ノーラがあの両親と同様に、嫌な人だったらどんなによかった事か。けれどその優しさが、無意識に私を傷つけるのだ。


「いえ、お二人の邪魔はできませんから。お二人でごゆっくり」

「そんなあ。また今度お誘いしますね」


 本当はほんの一瞬だけ。この誘いを受け、殿下に気まずい空気の中お茶を飲んでもらおうかと考えた。けれど時間を浪費するだけなので辞めることにした。私にとっても、殿下にとってもなんらメリットのある話ではない。残念がるノーラを宥める殿下のお姿を横目に、軽く会釈しその場を離れた。


 あれから自由に時間を使える様になったのはいいが、これまで趣味の時間ももてないくらい勉強に明け暮れていたことで、この時間を持て余していた。心にぽっかりと穴が空いたように感じる。あれ程大変だった妃教育も、無くなってしまえば懐かしく感じるのだ。


 魔法の練習はまだやめていないが、魔法書はこの家にはない。本を読んでノートに写したものを参照して毎日練習するだけ。元々王城に保管してあった価値のあるものだそうで、婚約者でなくなった今、立場上それを読むことも難しくなってしまった。それに、今は本当の治癒魔法の使い手が現れたのだから、私にそれを貸す必要性もないだろう。


 私は自室に戻ると、今後の身の振り方について考えを巡らせた。婚約が無くなった私に残された道は、何処かの貴族に嫁がさせられるか、修道院に入れられる事となるだろう。嫁ぐこととなっても、その相手はお義父様が持ってくる縁談となるのは間違いない。それは家に対して価値のあるものであれば受け入れるのは間違いない。難がありそうな相手を勧められるであることは容易に想像できた。


 魔法も使えない、将来性のない私をこのままこの屋敷に留めておく必要などない事は考えれば分かる事だ。そんな私を誰が必要だと思うのだろうか。それに義両親が役に立たない養子の面倒を、いつまでもみつづけるとは思えない。


 ふと、殿下が私に紹介したい人がいると言っていたのを思い出したが、彼の手は借りたくない。いっそ夜逃げでもしてしまおうか。幸いな事に私の持ち物は少ない。いつでもその気になれば出ていけるだろうが、一人で生きていくことができるのかは分からない。

 ここでまた言いなりになってどこかへ嫁がされるようなことになるなら、逃げた方がいいのかもしれない。その時がきてもいい様に支度をしておかなければいけないと頭の片隅に留めておくことにした。


「聞いた?あの話」

「また亡くなったそう。怖いわね」


 廊下を歩いているとメイド達の話し声が偶然にも耳に入る。


 昨今この国では不審な死を遂げる者が相次いでいた。今月に入って六人もの人が亡くなったという話を噂程度に耳にした。共通点は、ドラゴンの鱗の様な模様が浮かび上がり体が干からびたようになって死に至る。殿下と症状は同じ。ノーラが殿下を救った奇跡の物語は国中で話題になっており、同じ病を発症させた人から魔法を使って欲しいと家に手紙が来ることもあった。しかしノーラはあれ以降その力を使うことはできずにいた。


「原因も分からないこの病はどうしたら予防できるのかも解明されていないそうじゃない?」

「そうね、なんでもドラゴンの祟りだという声も上がっているそうよ?本当に恐ろしいわ」

「……あ、ミラグロス様!」

「お疲れ様」


 私の姿に気づいたのか、オレンジの髪色のメイドと、ワインレッドの髪色のメイドがぺこりと頭を下げる。


「ここはもういいわ。他のところへ行って頂戴。ありがとう」


 メイド達の側を横切り私は自室へと戻った。この屋敷の一番奥の日当たりの悪い部屋が私に与えられた部屋だった。


 この屋敷で働くメイドは私によくしてくれる。けれど、肩入れしすぎてしまうと、彼らの反感を買う。まだ私がこの屋敷に引き取られて数年くらいの時にいた優しいメイドは、私とノーラの待遇の差に苦言を呈した。それが理由でクビになった。彼女は今どうしているのだろうかと気になるが、彼女を探す力も何も持っていない。侯爵家の令嬢だとしても、名ばかりのもので、私には人望も人脈もない。

 私の人間関係は王家の紹介でできた友人だけだった。その関係は殿下の婚約者ではなくなった今も関係が続くとは思えない。だから婚約破棄されて共に悲しんでくれるような友人一人いない。


 それから、私はメイドのことはメイドと呼ぶようにした。名前を覚えて情が移れば、以前のようなことが起きてしまうかもしれない。それならば最初から誰も近づけさせなければいい。私のせいで誰かが不幸になる必要はないのだから。


 メイド以外誰も立ち入らないその部屋は、質素で物など殆ど置かれていなかった。


 ノーラと違って物を買ってもらう事は殆どない。必要最低限の僅かなものしかなく、生活感がないこの部屋に愛着もなかった。


「お父様、お母様、お兄様。私はどうして魔法が使えないのでしょう。使えていたら、今頃は……」


 私の質問に答えてくれる人はいない。私と本当の家族の唯一の繋がりである三人が写った写真は、心の支えでもあった。


 もしも自分に、魔法の力があればこんな思いはしなかったのか。そんなふうに未練がましく思ってしまうのはいけないことだろうか。たとえ私に魔法の才能があっても、殿下がノーラに惹かれるのは変わらなかっただろう。その時殿下の隣にいたのは、私だったのだろうか。魔法が使えたとしても、私は同じ様に婚約破棄を言い渡されていたのかもしれない。そうだったのなら、この考えは不毛だ。もしも家族が皆生きていたら、こんな事にはならなかったのかもしれない。そんな弱音を吐いたとしても、今の状況が変わる訳でない。もう辞めようと頭を振った。


 国の繁栄のため、ノーラを妃に迎えたいと考えたのは至極当然の事だろう。今まで私の様に勉強漬けでなかったノーラはこれから覚える事が沢山あり苦難の連続であることに違いはない。けれど二人は、運命の相手であるのだから、どんな苦難も乗り越えられるのだろう。愛し合う二人支え合っていけばいい。


 いくら写真を見ていても、魔法を使えるようになることもないし、両親のことも幼い頃の出来事も何も思い出せない。私には幼い頃の記憶がない。両親を失った事故の後遺症なのか、過去の出来事を思い出す事ができずにいた。大人になるにつれ思い出すこともあるかもしれないと医師には言われていたが、一向に思い出すことはなく今に至る。


 当時の事を知ろうにも、私の家族の死因については、緘口令が敷かれているのか、誰一人としてその事について口を割る人はいなかった。


 どうにかして調べたいと思い、王城で書庫へ足繁く通い、国で起きた事故などを調べてみたものの、それと思しき事故は見当たらなかった。事故で命を落としたともなれば、詳しい記事が掲載されるだろう。それもない事から、隠蔽や情報規制されている事は間違いなかった。


 書庫には王族以外立ち入りを許されていない区画もあったが、婚約者という身分では立ち入りは許可されなかった。そこに入れればもしかしたらその事件について真相を知れる手がかりがあるかもしれない。そう思い、それとなく殿下に尋ねても、その事については決して話す事はなくて、いつしか尋ねる事もやめてしまった。


 いつかこの記憶が戻れば、私は本当のことを知れる時が来るとそう信じて。結局、そんな時は、これまでこなかったのだけれど。



「もう、ケイリー様ったら!」


 窓の外から話し声が大きくなり、意識が現実へと引き戻される。窓が開いたままだったからか、まるで近くにいるように声が聞こえてきた。


「ふふ。ノーラ、怒らないで」


 思っていたよりも、彼の優しい声に胸が痛む。


 そんな風に話しかけられた事はなかった。なんだか覗き見しているような気分になり、それか悪いことのように思えて、急いで窓を閉めた。


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