30.真実
「さて、話も終わったことだしーー」
「陛下、お待ちください!」
その話を遮るように、一人の男が進言した。
「どこの誰ともわからない者を、お認めになると言うのですか。彼は王族です。そんなわがままが許される立場とでも?」
「フィッシャーよ、そなたの考えも分かる。だが、運命によって導かれた者同士なのだ。それを引き裂こうとしようものなら、どうなるか分かるな?」
「なんと、それは本当ですか?」
フィッシャーと呼ばれた男性は私を一瞥し頭を下げた。
「ご無礼をお詫びします」
「そんな、頭を上げてください」
「寛大な対応、痛み入ります」
彼はもう一度頭を下げてから下がっていく。急に態度が変わり話についていけないが、否定されなかったことに安堵する。
「皆思うところがあるということは分かる。それを黙らせるのに一番なのは力だ。ミラグロスよ、君に頼みがある」
「はい。どんなことでございましょうか」
「今ここで、魔法を使ってみよ」
ざわりと空気が揺れた。すぐに静まり返ったものの、陛下がそのようなことを言うとは、誰もが考えていなかったようだ。
まさかそんなことを言われるとは思っておらず、どうしてという気持ちと、私の境遇を知り難題を押し付けているのではという考えも思い浮かぶ。
デューク様の周りにいるのに相応しいか見極めようとされているのかもしれない。私の魔法はまだ初心者のそれと変わらない。陛下の御前で披露するには心許ないものである。
デューク様は感情が読めない顔を陛下に向けていたがすぐに私に向き直ると、穏やかな表情で手を握ってくれた。
「ミラ、大丈夫だ。いつもやっているようにすればいい。難しいことは考えなくていい」
「ですが……」
「大丈夫だ。私を信じて、自分を力感じ魔法を使えばいつものようにできるはずだ」
「分かりました」
デューク様が私を連れてきたことで、迷惑はかけられない。
「かしこまりました。陛下のご命令とあらば」
私の答えに陛下はうんうんと何度も頷く。
一体何の魔法を使うことを望まれるのか。
少しして、その場に鎖で引きずられるようにして運ばれてきたのは罪人だった。
「この者は、罪を犯して呪いの実験台となっている。失敗しても、誰も責めはしない。気負わなくて構わない。この者の呪いを解いてみせよ」
陛下が望まれたのは、癒しの魔法だった。
魔法を使えというときは訝しんでいた人たちも、私に哀れみの目を向ける。癒しの魔法の使い手はほんの一握り。それが私に使えるとは到底思えなかったのだろう。陛下の無理難題に巻き込まれた、哀れな人間だと皆が思ったに違いない。
私もどうしてと思った。それは私には使えないものだった。デューク様の屋敷にお世話になってからも、本では目にしたことがあるが、使ったことはなかった。使う機会もなかったからだ。あの時だって、失敗した。今使えるわけがない。どくどくと心臓が嫌な音を立てる。失敗するわけにはいかないのに、どう頑張ったも使えないものを使うことはできないというのに。
「ミラ、落ち着いてゆっくりやればいい」
「ですが、私は……」
ーーあの時、呪いで苦しむ殿下をお救いすることもできなかったのに。
陛下の真っ直ぐな視線から目を逸らすことができない。私は失敗したらどうなるのだろう。また、嘲笑されるのだろうか。呆れられ、哀れんだ目を向けられるのか。
ゆっくりと息を吸い、心を落ち着かせる。デューク様はそっと背中を撫でてくれた。
「大丈夫だ。君が望めば、力は応えてくれる」
まっすぐなその視線に、デューク様の言葉を信じようと思った。もう一度深呼吸して、落ち着いてから私は目を開いて魔法を使った。
どうか、この方の呪いを解いてーー。
どくんと、心臓が強く動いたような気がした。身体がふらつく感覚と共に、あたり一面真っ白な光に包まれた。
「ーー大丈夫か」
目を開ければデューク様に支えられていた。失敗したのだと悟りさっと血の気が引いていく。
「申し訳、ありません……!」
「いや、無理をするな。もう少し休んでいろ」
慌てて体を起こそうとするが、力が入らず、そのまま抱きすくめられた。背中を心地よいリズムで撫でられ、ふとそのまま眠ってしまいたいという気持ちになる。まだ身体がだるくぼんやりする頭で考える。魔法を使ったからこうなってしまったのだろうかと。強力な魔法の反動で体内の魔力が薄れると意識を失うこともあり、使い過ぎには注意が必要だと、本に書いてあった。不発に終わり、魔力だけ消費したなんて、恥ずかしいと落ち込む。そして今の状況をゆっくりと理解する。王の前で、倒れ抱きしめられているなどと、色々これはまずいのではないかと段々と羞恥で顔が熱くなってくる。
「デューク様、あの……」
「どうかしたか」
「流石にその、陛下の御前で、これは少しよくないのではと……」
「気にするな。無理矢理ミラに魔法を使わせたんだ。その反動で動けなくなってしまっただけのこと。どう考えてもあれが悪い。もう少しこのまま休んでいろ」
視線を少しずらせば、罪人にかけられていた呪いは綺麗になくなっていたようだ。
もしかして。成功した……?私の疑問に答えるかのように、この場に居合わせた人からわっと歓声が上がる。身体が軽くなったとか、傷跡消えたというそんな声があちこちから聞こえてきたのだ。これには私も驚くばかり。
「おお、古傷が治っている!」
服を捲りお腹の傷を確認している陛下を止めに入ったのは警備兵か。いきなり人前で脱ぎ始めるのは流石によくないとのこと。私もそっと視線をそらした。
「ミラよ、無理を言ってしまい済まなかった。だが、君の力を確認しておきたいと思ってな。これからもくれぐれも倅を頼むぞ。何と言っても、デュークがついに好いた者と共にいることを選んだのだから、応援してやらないといけぬと思い……」
「父上!それ以上その話は……」
「なんだ、まだ話をしていなかったのか」
「ああ。今も迷っている。あとで話し合って決めたい」
「そうか。それならば無粋な真似はこれ以上はせん。ゆっくり帰って休むといい」
「そうさせていただきます」
「ミラ、また今度はゆっくり茶でも飲もう」
くしゃりと笑った顔が優しくて頭を下げた。
そのまま王宮を後にし、デューク様の屋敷へ戻ってきた。
謁見したことで、否定されるのではと少し思っていたのだが、誰かに否定されるようなこともなく、喜ばれ歓迎され肩透かしをくらった
気分だった。そしてデューク様のことをくれぐれもよろしくと言われて、認められたことは素直に嬉しいが、またあのように魔法を使う場面があるのかもしれないと思うと緊張してしまう。ああいう場に慣れるのは時間がかかりそうだ。
陛下が話をしかけた時、デューク様が止めた話についても気になるところだけれど、それよりも先ほど、癒しの魔法を使えたことのほうが驚きだった。
恐る恐る手を開く。
ーーまさか、私に癒しの魔法の力があったなんて。
あの場で、魔法を使うように言われた時は驚いたが、いつも大丈夫だと筋がいいと褒めてくれたデューク様が側にいてくれたことで、落ち着いて魔法を使うことができた。
その効果は凄まじく、呪われていた男は全回復した。
今の脱力感と似た体験をしたことがあった。それは、殿下が病に侵されていて、ノーラが見舞いに訪れたあの朝のこと。あの時、殿下を助けたいと強く願ったあの瞬間、彼が治ったのは偶然だったのだろうか。それとも……。
「ミラ」
「デューク様」
同じタイミングで名前を呼んでしまった。
「ミラが聞きたいことがあるなら先に」
「いえ、デューク様からどうぞ」
真剣な眼差しでこちらを見ているので、これからされる話はきっと大切なものなのだと直感する。それはきっと、私が知りたいことに通じるものだと。居住まいを正して話を聞かなければと思った。
「ミラには、話しておかなければならないことがある。しかし、これからする話はミラにとっていいことなのか、悪いことなのか分からない。知りたくないかも知れない。だから、聞きたくなかったら、この話はここで終わりにしようと思う」
「私は、ちゃんと知りたいです」
私へ決断を委ねてくださるところは、やはりデューク様らしいと思った。
「分かった。それなら話をしよう」
そうして、ぽつりぽつりとデューク様が話し出した。
「あの国の成り立ちは知っているだろう。我が国の竜が魔法使いの一族に土地を与えたと」
「知っています。そして、その魔法使いの家系の生まれなのが私だと聞かされました」
「ああそうだ。魔法使いは時の流れと共に減っていった。あの国には、もう魔法使いの血を引くのは君しかいない。だから、ただの人間である君の義妹が魔法を使えるということはありえない」
それはつまり、あの場で魔法を使ったのも、私だということなのだろうか。
「それは、つまりあの時魔法を使ったのは……」
「そうだ。君はあの男の命を救ったのだ。色々なことが重なって、その座を奪われてしまったが、本当の癒しの魔法の使い手はミラ、君だけだ」
「そう、だったのですね」
あの時、私はちゃんと殿下を救えていたのだと、ほっとして涙が溢れた。
よかった。全て無駄ではなかったのだ。あの時の私が認められたような気がして。私が泣き止むまでデューク様は頭を撫でてずっと側にいてくれた。
寄りかかって泣いていたけれど、冷静に考えて、いるなんてなんて大胆なことをしてしまったのかという気持ちになる。
「デューク様、もう大丈夫です……きゃっ」
「もう少し、このままで」
離れようとしたのに、デューク様に抱きしめられてしまう。恐る恐る顔を上げると、優しげな眼差しでこちらを見ているデューク様と目があった。
「デューク様……」
「もうミラのことを手放せない。これからも側にいてくれ」
そのまま顔が近付いてきて、口付けられたと気づいた。




