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29.謁見


 その後も二人のやりとりは続いた。


「ヴィヴィアンが余計なことをするせいで、ミラと共に城に行かなくてはならないのか」

「そんな恨めしそうな顔をしてもだめよ。いつかはこうなることだったのだから。浮いた話の一つもないデュークがまさか既に女の子を屋敷に匿っているなんて話、皆が気になりますのよ。顔合わせの場では、驚く顔が見れますわね。どんな人なのか、と」

「ミラを怖がらせるようなことを言うな」

「あらやだ!ミラ様、そんなつもりじゃないのよ。気を悪くしないでくださいね。デュークは無口で堅物で何を考えてるかもいまいちよく分からないでしょう?だから皆が手を焼いているのよ。手のかかる未子なの」

「人を子供扱いするな」

「私や兄様に比べればまだまだ生まれたばかりのひよこ同然なのに、いやね。そんな強気ならあなたの子供の頃のあんな話やこんな話もミラ様にしてしまうかもしれないわね」

「それは……」


 デューク様が押され気味だったので、なんだか新鮮だ。


「うふふ、今はまだしないでおくわね」

「永遠にしないでもらいたいが」

「それはあなたの頑張り次第ね。あら、もうこんな時間だわ。帰りましょうか」


 くるりと従者のほうに向き直ると席を立つ。

 慌てて私も立ち上がるけれど、手で制された。


「お見送りはいらないわ。また王城で会いましょうね」


 ヴィヴィアン様は言いたいことだけ話し終えると、従者の手を引き帰っていった。


「ミラ、いきなりこんなことになってすまない」

「いえ、デューク様が謝る必要はありませんよ」


 段取りが色々あったという言葉が聞こえてきたが、デューク様は色々と順序立てて考えていたようだ。詳しいことは分からないが、それがヴィヴィアン様のせいで台無しになったとぼやいている。


 デューク様はソファの隣に座ると私の手を撫でた。


「ミラの負担になるようなことは無いように気をつける。だから共に行ってもらえるだろうか」


 真剣なその表情に、大切な話をしている場だというのに不覚にもときめいてしまう。好きだと自覚してから、デューク様のことを意識するようになってしまった。


「ええ。陛下の前ですから、気を引き締めていかないといけませんね。何かあってはいけませんから」


 浮かれていて、デューク様に迷惑はかけられない。王族との謁見に緊張で身体が硬くなる。


「君は普段から落ち着いている。いつも通りで問題ない」

「……ありがとうございます」


 デューク様はいつも私の悩みを取り除いてくれる。素敵な人だ。そんな彼に迷惑をかけるわけにはいかない。デューク様の顔に泥を塗るようなことがないように身を引き締める。


「このために用意したわけではなかったのだが、君がここへ来た時に仕立てたドレスが何着かあっただろう。あれが完成したと先ほど受け取ってきた。どれか一つミラの好きなドレスを着て、共に城へ行って貰えるだろうか」

「はい、勿論です」

「この姿を見るのが私だけではないことは残念に思うが、ドレスはまた仕立てればいいからな」


 さも当たり前のことのようにそう言われたが、そんな華やかなドレスを着る機会なんて早々ないはず、という疑問は残されたままだった。

 


 そうして迎えた、当日。エルナが腕によりをかけて仕上げてくれたおかげで、それなりの見た目になったように思う。


 屋敷にいる間は誰と会うわけでもないので必要最低限のもので構わないと言っていたことで、今日は腕がなるとエルナは張り切っていたのだ。


「ミラ、普段のミラも好きだが、今日は一段と綺麗だ。初めて会った日のことを思い出す。……やはり城へ行くのはやめて、二人だけで過ごすわけにはいかないものだろうか」

「デューク様、流石に本日すっぽかしたとなれば、いい加減陛下に怒られることになるぞ」

「はあ……行きたくない」


 駄々をこねるようなデューク様を諌めたのは意外にもグレイグだった。


「今日を乗り切れれば、頑張った後にはミラ嬢からご褒美がある!」


 グレイグの無茶振りに何てことを言うのだと思ったが、デューク様は期待に満ちた目をしている。


「それは本当か」

「デューク様が、望むのであれば……その、私にできることがあればですけど」

「嬉しいな。ミラから貰えるものなら、どんなものでも構わない。楽しみにしている」


 突然取り付けられた約束にどうしようと気が気でなくなってしまう。

 先ほどまでのデューク様は珍しく本当に嫌そうな顔をしていたが、約束があるのならと切り替えは早かった。私の方を向いた時にはいつもの表情をしていた。


「ミラ、行こうか」

「はい」


 エスコートされながら馬車に乗り込む。

 緩やかに動き出した馬車から見える景色を眺める。王城へと行くのはこれが初めてだ。どんな話をされるのか、私を屋敷から追い出すためなのか。


「緊張しているのか?」


 隣に座ったデューク様は心配そうに私の顔を覗き込んだ。


「ええ、少しだけ」

「ミラの心配ごとが何なのか想像はつくが、悪いようにはならない。君を否定する者がいれば、私がなんとかする。だからいつも通り、笑っていてくれ」

「デューク様……」


 彼が大丈夫だと言ったのだ。それならば、信じるべきだ。どんな話をされるのかはわからないが、せめて堂々とした態度で望みたいと思った。


「頼りにしています」

「勿論だ」


 そんな話をしているうちに、貴族街からすぐのところにある王城にたどり着いた。


「さあ、ミラ。私の手を」


 デューク様は優しく微笑みながら手を差し伸べてくれた。その手に自分の手を重ねると、彼はしっかりと握り返した。


「デューク様。到着して早々申し訳ありませんが、皆がお待ちです」

「せっかちな者ばかりだな」


 騎士にそう告げられると、デューク様は一瞬目を細めたが、私に向き直る。


「直ぐに会うことになりそうだが大丈夫か?早めに来たつもりだったから、庭でも回って落ち着いてからと考えていたのだが」

「お気遣いありがとうございます。私は大丈夫ですわ」

「ならば行こうか」


 磨かれた美しい床に、足音が静かに響く。白を基調とした回廊は、陽の光が差し込んでいる。


窓から見えた手入れの行き届いた美しい庭が目に入る。その色彩豊かな庭園を横目に見ながら、回廊を進む。回廊の壁には、王家の紋章と共に、歴代の国王の肖像画が飾られている。陛下に直接お会いしたことがないが、どことなくデューク様の面影を感じた。髪の色と瞳の色は同じだが、厳格そうな雰囲気がある。

 

 そうして歩みを進めると、重厚な扉の前に案内された。騎士は歩みを止め、扉の前にも二人の騎士が佇んでおり、厳重な警備体制だった。

 デューク様に目配せをされる。私は深呼吸をしてそれに小さく頷いて応えると、扉の前に立っていた騎士によって扉が開かれる。眩いほどの光が差し込み、そこには広大な謁見の間が広がっていた。そして謁見の間へと足を踏み入れた。

 

 天井に吊るされたシャンデリアから降り注ぐ光が中央に敷かれた赤い絨毯を照らした。静かに歩みを進めると、玉座に座る陛下の姿が見える。隣には美しい王妃様と、王族に名を連ねる方々の姿。その中にはヴィヴィアン様の姿もあった。その他にも国の中枢の重鎮などが集まっている。


「よく来たな」


 玉座の上に座る陛下が重々しく口を開いた。その声を聞くだけで自然と身が引き締まるような思いがする。しかし、ここで怖じ気づいてはいられないのだ。


「陛下の御前でご挨拶申し上げますこと光栄至極に存じます。ミラグロスと申します」


 私が頭を下げ正式な挨拶を交わす。周囲からの視線が痛いほど刺さるが、表情は崩さない。


「顔を上げてください」


 優しい声に促されるように顔を上げれば、王妃様と視線が交わる。


「あなたが来るのを待っていました」


 王妃様は変わらず微笑んでいた。少しだけ空気が和らいだ気がした。その間もずっとデューク様の手を握り続けたままであることを思い出し、慌てて手を離そうとしたが、逆に強く握り込まれてしまったためそれは叶わなかった。


 周囲の貴族たちは好奇と警戒の混ざった視線を私に向けてくる。王族の席にいたヴィヴィアン様は挨拶を終えたからもういいと思ったのか、こちらを見て手を振っていた。こんな厳格な場でそんな態度でいいのかとこちらが慌ててしまう。何も反応しないのは悪いかと軽く会釈をした。


「今日呼び立てたのは他でもない、デュークが屋敷に彼女を囲っているという話を耳にしたからだ」


 陛下の声が室内に響き渡る。


「デューク、それは事実か?」


 王の威厳を帯びた声に、列席している重鎮や近衛兵たちもその事実を問いただしたいという気持ちを呑み込み、沈黙する。


 デューク様は私を庇うようにして一歩前に出た。


「はい。事実です」

「なぜ、これまで黙っていた?」

「時がくれば話すつもりでしたが、少々行き違いがあったようで」


 デューク様の視線はヴィヴィアン様を一瞥し、陛下に戻された。


「そうか、そうか」


 これまでの雰囲気とは打って変わって、和やかな表情を見せる。その視線は私にも向けられた。そんな陛下の態度に呆気に取られてしまう。それはこの場に居合わせた貴族たちも皆同じだった。てっきりこの場は断罪でも始まるのではないかーーという程の重苦しい雰囲気を見せていたのは、わざとだったのかもしれない。

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