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28.本当の気持ち


「お待たせいたしました」

「あら……」


 私が本当に来ると思っていなかった反応で、驚いているようだった。その人は見覚えのある顔で、街でぶつかってしまった女の人と従者の方だった。


「急に押しかけてしまってごめんなさいね。まさか会って貰えるとは思っていなかったからびっくりしてしまったわ。先日は本当に申し訳なかったわ。お怪我はなかった?」

「なんともありません。私も不注意でぶつかってしまい、申し訳ございませんでした」

「いいのよ、気にしないで。このままではいつまでもお互いに謝り続けてしまいそうだから、これはお互い様ということで。そうだ、名乗っていなかったわね、私はヴィヴィアンよ、よろしく」

「ヴィヴィアン様。私はミラグロスです」

「そう……。今日は先日のお詫びも兼ねて、こちらを持ってきたのよ」


 そうして机の上に並べられた金貨の山と、宝石だった。明らかに高価なものだと分かるその宝石を差し出されるような理由もわからず、反応に困ってしまう。


「こちらは……?」

「昨日は私の不注意で、服も汚れしまったでしょう。だからこれはせめてものお詫びの印」

「そんな。そこまでしていただくほどのことではありません。お気持ちだけで十分です」

「まさかそんなこと言われるなんて思わなかったわ!ちょっと、これなら喜ぶって言っていたじゃない。話が違うわ、どういうこと?」


 ヴィヴィアン様は宝石を持ちながら、隣に控えていた従者に視線を向けるが、我関せずという反応で、机の上には金貨が置かれたままとなった。


「世間一般的な回答として提案させていただいたまでです。それに当てはまらない方もいるということでしょう」

「そういうことを見越して準備するのがあなたの役目でしょう」


 そうして部屋が静まり返る。ヴィヴィアン様の用事は、本当に謝罪のためだけにここに来たのだろうか。謝罪と品物のやり取りだけなら、あの場で済む話だった。だからこの場に来たのには別の何らかの理由があるのではないかと思った。


「もう、私が悪かったわよ。じゃあこれは一旦どうでもいいわ」


 机の上にに置かれた金貨や宝石を机の端に寄せると、ヴィヴィアン様は微笑んだ。


「それで、本題なのだけれど。貴女と、デュークはどのような関係なの?」

「デューク様と……ですか?」


 デューク様との関係を知りたがるヴィヴィアン様。もしかしたら、彼女がデューク様の番であったり、思いを寄せている方なのかもしれない。

 その時、ぴんときた。わざわざデューク様がいない時を見計らい、釘を刺しにきたのではないかーーと。

 私の番に手を出すなという牽制。物語などである、女同士の戦いの場面なのだ。

 確かに目の前の女性は華やかで、デューク様の隣に立っても見劣りしない美しさがある。何より竜人のようで、同じような角が頭から生えている。どう考えてもお似合いだろう。

 

 分かっていることなのに、胸のあたりがもやもやとしたが、気がつかないふりをした。私のプレゼントは喜んでくれていたとは思う。でもそれはそれ、番は別である。

 きっと、これは手切れ金で、身を引けという指示なのだろう。こんなものをいただかなくても、ヴィヴィアン様が番だというのなら、私は潔く身を引くつもりだ。できれば、お金の代わりに仕事を斡旋してはもらえないだろうかと、図々しくも相談に乗ってもらえないかと思ってしまう。


「私はただの居候です」

「居候ねえ。デュークがまさか屋敷に連れ込んでいる人がいるなんて、それも人間の女よ。どんな子なのか知りたいと思うじゃない」

「特にこれといってお話しできるような関係ではありません。デューク様にはよくしていただいております。行き場をなくした私をこの屋敷で保護してくださり、感謝しています」

「へえ意外だわ。親密そうに見えたのに、本当に恋人同士とかそういうわけではないのね。ふふっ、デュークったら」


 突然ヴィヴィアン様は笑い出した。もしや、ヴィヴィアン様が番ではないのだろうか。番は嫉妬すると手がつけられなくなると聞いたばかり。この様子では嫉妬しているようには見えない。それよりもこの話を聞いて楽しんでいるようではないか。


「ああ、面白い。笑いすぎて涙が出てしまったわ。貴女のことはだいたいわかったわ。デュークが想像以上に大事に大事にしているってことも、意外と奥手だということもね」

「一つ質問してもいいでしょうか。デューク様のお知り合いの方ということでしたが、どうして私とお話がしたいと思ったのですか?」

「私がどうして貴女に会いにきたのかって?それは——」


 もったいぶったような口調で、ヴィヴィアン様の話は続く。部屋の外が騒がしくなった様に感じ、ノックもなしに勢いよくドアが開かれた。

 そこには少し髪が乱れた様子のデューク様が立っていた。


「どうしてここに居る」


 その低い怒りに満ちた声にびくりと身体が跳ねた。一瞬私に言ったのかと思ってしまったが、デューク様の視線は、ヴィヴィアン様に向けられていた。


「勝手に屋敷に来るなといつも言っているだろう。なんでお前はいつもそう自分勝手なんだ」

「あらやだ。もう帰ってきたの?はー、つまんない。ここから面白くなりそうなところだったのに」

「これはどういうことだ、ヴィヴィアン」


 つかつかと歩み寄り、私を庇うようにヴィヴィアン様の前に立つデューク様は、聞いたこともない低い声でそう言った。ヴィヴィアン様を睨みつけるデューク様の顔は、これまで見たこともない冷酷な顔でびくりとしてしまう。

 ヴィヴィアン様はそんなデューク様に耐性があるのか悪びれもせず微笑んだ。


「あら嫌だわ。昨日街で二人が出かけているところに偶然居合わせたの。その子以外眼中にないって感じで、私のことなんて気がつかなかったでしょう?だからちょっと様子を見にきただけよ」

「昨日だと……まさか」

「あらあら、まさかそんな顔をするなんて!そんなに大切なものならずーっと目の届く場所に置いて、大切にしまっておかないとダメじゃないの」

「だからこうして屋敷に置いているではないか」

「それじゃあ甘いといっているの。距離の問題よ。連れ歩けるようにこうして首輪をつけて、飼い慣らしておかないとダメでしょう?」


 徐に隣にいた従者の首に手をかけると、しゃらりと音がして首輪が出てくる。

 ヴィヴィアン様の手には首輪に繋がった紐が握られていた。


「……生憎そういった趣味はないが。よくこんな奴の相手ができるな」

「もう慣れたものですよ」

「あら、二人して私の悪口?お父様に言いつけますわよ」

「ここで父上の名を出すのは卑怯だ」

「お嬢、それは勘弁してください」

 

 しまっておく。それは私のこと?何が別のもののことなのだろうか。そのことには誰も触れずに、話が進んでいく。

 ヴィヴィアン様と、私が従者の方だと思っていた方は従者ではないのかもしれない。何か特殊な趣向をお持ちのようだ。首輪をつけてお散歩でもするのだろうか。


「まあ、私のことは一旦おいといて。でもデュークも詰めが甘いわね。見られていたら、どこから話が漏れるか分からないじゃない?」

「回りくどいな。いったい何が言いたいんだ」


 苛立ちを抑えられないのか、ヴィヴィアン様の周りに魔力が立ち込める。


「あらあら、あなたらしくないわ。そんな顔しなくていいじゃない。心配した優しい優しいお姉様が忠告してあげているだけなのに」

「どの口が言うのだか」


 姉という言葉に目をぱちくりとさせていると。


「驚かせてすまない。ミラ、ヴィヴィアンは私の姉だ」

「こちらの美しい方が、お姉様。そうなんですね、私はてっきり……」


 番ではなかったようで、ほっとする。

 どうしてほっとしてしまうのだろう。ああ、私デューク様のこと好きなのだ。気づいてしまったら、どうしていいのかわからなくなった。今回は違ったとしても、いつかデューク様にも本当の相手が見つかるのだから、知りたくなかった。悲しむのは後で、一人になってから。平静を装うのは得意だ。今までもそうしてきたじゃないか。


「お姉様だったのですね」


 ドラゴンの血を引く者と名乗っていたので、それなりに地位の高い人だとは思っていたけれど。まさかお姉様だったなんて。そう言われてみれば、目元や纏う雰囲気が似ているように感じた。


「揶揄いがいがあって面白かったわ。てっきり私とデュークが恋人同士だと勘違いしそうだったもの。その時のこの子、すごく落ち込んでいたわ」

「なっーー」


 まさか私の態度に出ていたのかと、そう言われてかっと頬が熱くなるのが分かる。そんなこと、デューク様の前ではっきりと言わなくてもいいのに。私がデューク様に気があると勘違いされてしまうだろう。折角何もなかったように振る舞って、忘れたかったのに。私の気持ちが伝わったところで、気まずくなってしまうだけだというのに。


「ミラ、安心していい。ヴィヴィアンとはそういうことは一切ないから」

「デュークと恋人なんて、そんなことこっちから願い下げよ」

「珍しく気が合うな、私もだ」


 そんなデューク様の反応に、ヴィヴィアン様はずっと楽しげに笑っていた。


「お嬢、それくらいにしてあげないと、デューク様がそろそろ怒りますよ」

「うふふ。分かっているわ。ちゃんと貴方のことも後で可愛がってあげるから、拗ねないでくださるかしら?」

「はいはい」


 ヴィヴィアン様は従者の顎を持ち上げて胸元に寄せ大切そうに撫でながらデュークに話しかけた。


「デューク、ちゃんと伝えないと伝わらないこともあるんじゃないかしら」

「分かっている」

「でも隅に置けないじゃない?なんの相談もなく、囲っているのだものね」

「まさか、一番先に知られたくないヴィヴィアンに情報が漏れるとはな」


 デューク様は苦虫を噛み潰したような顔をする。こんな顔もするのだと、家族の前でみせる普段見慣れぬ表情に見惚れてしまう。


「このことを、お父様は?」

「いずれ話すつもりだ。こちらにも段取りというものがある」

「あら、でも残念ね。私、もう話してしまったわ」

「は?」

「そしたら、会って話がしたいと」


 そして手渡された手紙。それは王宮への招待状だった。


「チッ。余計なことを……」


 デューク様は恨みがましい視線をヴィヴィアン様に向けるが、ヴィヴィアン様は扇で口元を隠して優雅に微笑む。


「貴女も大変ね。少し調べたら分かることだったけれど、国から追い出されて、辛い思いをしたのではなくて?」

「そうですね。お気遣いありがとうございます。ですが、もう終わったことなので」


 ここへ来て、元の暮らしを思い出す機会は減っていた。最近は考えることもない日のほうが多い。元からここで暮らしていたと思えるくらい、充実した日を過ごしていた。


「可愛らしい見た目のわりに、芯の強い子なのね」

「いえ。そんなことは」


 そう褒められたけれど、私なんて言いたいことも言えずに我慢し続けていた結果、国から追い出されることになったのだ。

 それでもらそんな過去があったからこそ、そのおかげでこうしてここにいられるのだから、悪くないといえる。


 彼らは今頃幸せに暮らしているのだろうか。話題に上がれば気になってしまう。皆今頃どうしているのか。結婚式の準備に追われているのだろうか、ノーラの教育はうまく行っているのだろうか。そうやってあげればきりがない。けれどこれだけは言える。きっと皆私のことなど忘れて幸せな日々を過ごしているに違いない。それに、私にだけには心配されたくないだろう。

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