24.デート
ついに約束の日がきた。これまで外出というものをほとんど経験していない私にとってとても楽しみなものだった。
「お忍びですから派手にはできませんけど、めいいっぱい可愛くしましょうね」
いつも以上に張り切っているエルナに身支度を整えてもらう。市井で流行っているという三つ編みヘアは普段の私の雰囲気とは異なり、街に溶け込めそうだと思った。鏡で何度も変じゃないか確認する私に痺れを切らしたエルナに引きずられるようにして、デューク様の待つ部屋に向かう。
「お待たせしました」
「ミラ、いつもと雰囲気が違って今日は可愛らしいな。君に似合っている」
「素敵な服をありがとうございます、デューク様も、その……素敵です」
照れもせずそんなことを言うデューク様。私だけが照れているみたい。使用人達からこのやりとりを生温かく見守られていることが気恥ずかしい。
落ち着いたデザインの服は街で貴族だとばれないようにするため。それにデューク様は王族だ。いくらそんな服を着ていたとしても気品と彼の周りに漂う空気から、貴族であることはすぐにばれてしまいそうだと思った。
「これまで外に連れ出すこともせず、すまなかった。息苦しかっただろう」
「いえ、とても皆さんによくしていただいていますから。これ以上望むなんて贅沢すぎます」
「そうか。君はもう少し自己主張をした方がいいのではないか」
心配してくれているのだろう。デューク様の瞳は不安げに揺れていた。
「そういったことを言う機会がこれまでなかったので……どんな風にしたらいいのか、分からなくて。申し訳ありません」
「いや、責めているわけではない。でももう少し自由にしていいと伝えたかった。これがやりたい、あれが欲しい、なんでも構わない。今日はミラをいっぱい甘やかそうと決めているからな。何でも言ってくれ。私が全て叶えたい」
そう言って笑みを浮かべたデューク様の顔にどきりとする。自己主張をできない環境にいたので、いつしか本当にやりたいと思うことや自分の意思を持つこともなくなっていた。どうしたらいいのか忘れてしまっていた。
「何か私も望むものがあったら、伝えたいと思います」
「ああ、そうしてくれ」
使用人に見送られ、屋敷を後にする。そう時間がきからないうちに街へついた。
「警備も行き届いてはいるが、絶対に安全だとは言えない。必ず私から離れないように」
「わかりました」
街は活気があって賑わっていた。こうした場所に来ることがあまりなかったので、全てのものが目新しく映る。行き交う人はデューク様のような獣人が多く、精霊や妖精といった種族も当たり前のように生活している。
これまでの私の国では考えられなかったことだ。人間以外の生き物は認められない国で、人こそが優れた生き物だという考えを教え込まれていた。
本で読んだことはあったが、こうして目の前にするといろいろな気づきがある。本当に狭い世界で生きていたのだと思い知らされる。
初めてこの街に来た私は、露店の賑わいに目を奪われていた。雑貨や色とりどりの魔石のアクセサリーが輝きをはなっている。どれも手頃な価格で、魔石の産出国である帝国だからこその値段だと思えた。それ以上に私の興味を引いたのは、店先で食べ物を売っている人の姿だった。棒付きの肉が焼かれており、こちらまで匂いが風に乗って流れてくる。
「あれが食べたいのか?」
じっと見ていたことで食べたいと思われてしまったようだ。
「いえ、その席もないのに食べ物が売られているのだと思って驚いてしまって」
「ああ、あれは買ったらその場で食べるものだ」
「その場で……?」
つまり立食のパーティのようなものなのだろうかと考えていると、一人が店主に話しかけ、売られていた肉を手渡す。少し離れたところで手掴みで勢いよく食べ始める様子を見て、ああやって食べるのかと驚く。
「興味があるなら食べてみるのが一番だ」
デューク様はそう言うと、私を連れ立ってその店先へ向かった。近づくにつれ、香ばしい匂いがより身近で感じられる。目の前には美味しそうな焼き立ての肉が並べられている。
「いらっしゃい!焼き立てだよ!」
人の良さそうな店主が出迎えてくれる。
「ああ、二つ買わせてもらいたい」
「まいど!デートかい?楽しんでいってな!」
デートという言葉に驚いていると、何ごともなかったかのようにデューク様は頷いている。
「ああ、ありがとう。ミラ、とりあえず食べようか」
「えっあ、はい!」
少し離れたところで私たちは立ち止まり、包みを開けて、一口頬張る。肉汁が口いっぱいに広がり、とても美味しい。思わず顔が綻んだ。そんな私を見て、デューク様も嬉しそうに笑った。
「意外と上手に食べられているじゃないか」
「初めてですが、とても美味しいです。デューク様はこういうものを食べ慣れているのですか?」
「野営などで帰れない場合はそういう食事をすることもあるな。慣れているといえばそうか」
「野営ですか」
デューク様は魔法の腕も一流で、稀に魔物退治など依頼を受けることもあるという。
「すごいですね」
「ミラもそのくらい使えるようになる。だが野営は危険だし討伐の任務も無理にする必要はない。命の危険もある。どうしても行きたい場合は私が共に行こう」
デューク様はそれが当たり前とばかりに頷いた。
食べ終えた私たちは、次の目的地へ向かっていた。先日屋敷へ来てくれた精霊の店主、オズワルドの店に向かっていた。
「魔法書や魔道具も多く取り扱っているから、ミラも楽しめると思う」
「まあ、それは気になりますね」
私の声が弾んだのがわかると、デューク様が楽しそうに笑っていた。店は大通りに面した広い場所に建っていた。
「いらっしゃいませ、お待ちしておりました」
オズワルドに迎えられ、店内に立ち入る。ゆったりとした音楽が流れており、とても居心地がいい。他にお客様はいないようで、私たちだけのようだ。
「今日はデートですか?」
「ああ、そうだ」
当たり前のようにデューク様はそう返す。これがデートだったとは思っていなかったので、デートという言葉に反応してしまった。
「今日はミラが魔法書や魔道具を見たいと思って連れてきた」
「ああ、それでしたらあちらにありますよ。案内しましょう」
案内された場所には警備の人が立っている。魔法書は内容によっては危険な物もあり、厳重
な警備体制だった。
中には本棚の整理をしているレアがおり、おっこないだのと笑顔で手を振ってくれたので和んだ。
「レア、掃除は一旦中断して魔道具の用意をお願いします」
「了解っす」
手際よく掃除道具を片付けてレアは目新しい魔道具をいくつか見繕い運んでくる。
「それで、ミラグロス様は何か気になるものはおありですか?」
「そうですね……まだ魔法がそこまで得意ではないので、初歩的な分かりやすい魔法書で何かいいものがあればと思っています」
「そうでしたか。それならばこちらはどうでしょう」
並べられた本の中には治癒魔法の本もあった。これをしっかりと学べば、私も使えるようになるのだろうか。
その視線に気づいたのか、デューク様はそっと手を取って微笑んでくれる。
「これは確かに屋敷にないな。ミラが欲しければこれを君に贈ろう」
「ですが、いつもいただいてばかりで……」
「今日は初めてのデートだ。その記念に贈らせてもらえないだろうか」
そう言われてしまうと、私も自分で買いますと強く言うことができない。それを分かってデューク様もやっているのだろう。
「ありがとうございます」
「ああ。それ以外では気になるものはあるか?」
レアが持ってきた魔道具はどれも便利なものだったが、瞬間移動するための使い捨てのカードや、沢山ものをしまえるバッグ、当てれば一瞬で敵を殲滅できるという魔石があり、どれも今の私には使うことがないようなものばかりだったので、見るだけで十分だった。
アクセサリーも見せてもらったが、この間沢山デューク様にいただいたばかり。絶対に欲しいと思うようなものはなかったので、また今度でいいとお伝えした。
「ミラはあまり物欲がないのだな」
「すみません」
世間一般の令嬢と比べての発言だったのかもしれないが、やっぱり可愛くおねだりできるノーラみたいな子のほうが好きなのだろうかと胸の辺りがもやもやする。
「謝ることはない。そこがミラの可愛いところだ」
「ええ、物を大切にしようという考え方、素敵だと思います」
デューク様とオズワルドが褒めるものだから照れてしまった。
その後は世間話で盛り上がっていた時に、デューク様の背後に立つグレイグの姿が見えた。瞬時に凛々しい顔になるデューク様。何やら大切な話のようだと様子をうかがっていると。
デューク様は申し訳なさそうに頭を下げたのだ。突然のことに驚いてしまう。
「どうしたのですか、デューク様。頭を上げてください」
「ミラ、すまない。街で騒ぎがあったようだ。近くにいた私が仲裁に入ることになってしまった、ここでまっていてほしい」
「分かりました。私は大丈夫です。お気をつけて」
「ああ、すぐ戻る」
デューク様は名残惜しそうにこちらを一瞥する。グレイグはいつもの笑みを浮かべてそんなグレイグを見ていた。
「ミラ嬢ごめんねー。すぐデュークはお返しするんで」
「さっさとしろ」
「ええ、理不尽」
引きずられるようにしてグレイグとデューク様は去っていく。
デューク様が目配せすると、どこからともなくデューク様を普段護衛している騎士が現れた。今までも陰なら見守られていたのだろう。ふと忘れそうになってしまうけれど、デューク様は王子なのだ。こうして影で沢山の方が彼を守っているのだろう。そんな人と出かけていることが奇跡のようだと思った。




