21.番
その日は皆朝から忙しそうだった。
使用人の一人から聞いた話によれば、デューク様のお父様に召集され、急な夜会に参加しなくてはならなくなったということだ。
デューク様のお父様といえば国王。直接お会いしたことはないけれど、賢王として名高いと言われている。
デューク様は急いで身支度を整えて朝食を終えれば直ぐに出立した。色々と準備することもあるのだろう。
いずれ家族にも紹介したいなんて言われていたけれど、いったいデューク様は私を何と説明するのか。友人というには、気の知れた関係でもない。居候だろうか……?それが一番しっくりくるような気がした。
夜も更けてきっと今頃は夜会の最中だろうかと思う。私も婚約者だったころは主催者の補佐として共に王宮で開かれた夜会の準備をしたこともあったと懐かしく思う。
「あら、飲み物が空だわ」
こんなことで別の仕事をしているエルナを呼び出すのは申し訳ない。誰かを呼び寄せる必要もないので、自ら厨房へと出向くことにした。
厨房へたどり着いたが、使用人たちの話し声が聞こえる。取り込み中のようだ。どうやらデューク様のことを話しているようだった。お茶のおかわりがほしいと頼みたかったのだけれど、話を中断させるのは申し訳なく、今は難しそうだと、様子を伺ってしまう。
「デューク様のお話聞いた?」
「ええ、番がみつかったんですって」
「もしかして、お相手は……」
「ええ、あの方よ」
「やはりそうなのね」
どくんと心臓が音を立てる。番がいるということに驚いてしまい、肝心の名前が聞き取れず手に持っていたボットを落としそうになってしまった。
「ここ最近笑顔が増えたと思ったのよ」
「やはりそういうことだったのね」
「だから最近は毎日幸せそうなご様子ですからね」
「でも距離は縮まっているようには見えないけれど」
「どうやら本人にはまだ伝えてないようなの」
「まぁ、早く教えてあげればいいのに」
「そうよね」
話し声が近づいてくる。悪いことをしているわけではないけれど、盗み聞きをするような真似をしているのだから多少の罪悪感があった。
「ーーっ!ミラ様、どうかなさいましたか」
「ごめんなさい、急に来て驚かせてしまったわね」
使用人達の焦った表情から、今の話は私に聞かれてはいけない話だったのかもしれない。こっそり話を聞いてしまうことになってしまったことを申し訳ないと思いつつ、私も返事をする。
「あの、このことは……」
「今のデューク様に関するお話ですか?私は居候の身ですから、告げ口するようなことはしませんよ」
これで回答としては正解だろうと思った。
デューク様に助けられて、屋敷に居候させてもらっているだけでも感謝しきれない。デューク様に番がみつかったというのなら、喜ばしいこと。
ーー何を勘違いしていたのだろう。優しくしてくれるのは、単純に行き場をなくした私をそのまま放っておくことはできなかったから。ほんの少しだけ胸が痛むけれど、これ以上私がここにいては迷惑になるだろう。
「ただ、私は出ていかなければなりませんね」
私の一言でその場の空気が凍りついた。そして突然、手首を掴まれて引っ張られる。
「ミラ様!そのご判断は時期尚早かと!」
「どうして?番については薄らとしか知識がないのだけれど、番ではない者が番の周りにいたら腹だたしいと思うでしょう?」
「そうなのですが、そんなことになってしまっては、デューク様が悲しみます……!」
「どうか、早まらないでください」
「え?あの?」
使用人達が必死に私を引き止めるが、一体どうしたというのだろう。番が見つかったのならデューク様にとってとても幸せなことだろう。番の方からしても、私のような得体の知れない人間が屋敷にいたら、いい気分はしないのは分かりきっている。私は邪魔者だから出ていきたいとただ伝えただけなのに。
「あの、番が見つかったのなら私のような人間がいては邪魔なだけでしょう?」
「そんなことないです!むしろミラ様の存在は私は邪魔者だ。様にとって必要不可欠なはずです!」
「そうです!そうです!」
「……それはデューク様がそう仰ったのですか?」
使用人達は私の疑問に誰も答えてくれない。
「何かあったのか」
その声がして、ぱっと振り向くと、デューク様がいた。デューク様はいつも私が困った時にすぐに現れる。どこかで見ているかのように。実際今は困っていたので、確認するようにデューク様に直接聞くことにした。
「デューク様。私、お聞きたいことがありまして」
「どうかしたか」
これからする話には少し勇気がいる。
彼はしばらくはゆっくりしていれば良いと言ってくれていたけれど、このままこの人の側にいては勘違いしてしまいそうになる。本当に居心地がよくて、ずっとここにいることを望んでしまいそうになる。でも番がいるというのなら、このままでは良くないと思った。後から傷ついてもっと辛い思いをするくらいなら早いほうがいい。だから今勇気を出して聞くのだ。
「今後、私はどのようにしたらいいのでしょうか」
「どのように?」
「このまま、ここにいつまでも居続けるのはデューク様の迷惑になってしまうかと思ったのです。だから私はこの屋敷から出て、どこか働ける場所を紹介してもらえませんか?」
「何故」
驚きで目が見開かれている。
「ここでの暮らしは不自由だっただろうか」
「いえ、皆様とてもよくしてくださいます」
「では、何故そう思ったのか、聞かせてもらえるか」
番がいるということを聞いたから、それを直接伝えて彼らが罰せられるのは後味が悪い。エルナのことを引き合いにだすのもどうかと思うけれど、今はこれしかないと話をすることにした。
「その、エルナとファリンのことを聞いて知ったのですが。デューク様にもいずれ番が現れるでしょう。その時私がいたら、その番にも迷惑がかかってしまうと思うのです。だから早いうちに自立して、生きていこうと考えたのです」
「そうか」
それを伝えると安心したように、デューク様は微笑んだ。
「その心配はいらない。だからミラはこれまで通りここにいてくれ」
「ですが……」
「とにかく、ミラはこれまでと変わらずここにいてゆっくりしていればいいんだ。それとも好いた者でもいるのか?」
少し声が低くなったような気がした。緊張感が漂う。何か彼の気に触るようなことをしてしまっただろうか。好いた人なんているはずもない。いたらそもそもここに来ていないだろうし、その人に助けを求めだだろう。そんなことはありえない。いつもの穏やかなデューク様に戻ってほしいと、そっとデューク様の袖を握る。
「デューク様、お気に触るようなことがありましたら申し訳ありません。そのような者はおりません」
「すまない、殺気だってしまったな。君のことが絡むと心が落ち着かなくなる。……とにかく、ここに居るといい。仕事もしなくていい。もし何がしたいのであれば、私が屋敷内でできることを紹介しよう」
「わかりました」
そこまで強くここに居ることを望まれて、働きに出るとか、この家を出ていくとは言い出せなかった。私がはいと言うまでこの押し問答は続くように思った。
「それで、どうしてそういう話の流れになったのだ?」
デューク様の視線は使用人たちに向けられていた。上手く話を逸らせたのかと思ったけれど、どうやら違ったようだ。
「それは……」
「私たちが話していた話をミラ様に聞かれてしまい、ミラ様がご不安に思われてしまったのです」
「それはどんなことだ?ここでは話しづらいことか?」
ふわりと私の耳を塞ぐようにしてデューク様は使用人たちに何か指示を出していたけれど、彼らの顔がみるみるうちに青ざめていくので、いったい何と伝えたのかと気になってしまう。話が終わると使用人たちはいなくなり、二人だけとり残される。
「デューク様、今なんとお伝えしたのですか?」
「ミラに心配をかけたくない。気にしなくていい」
「ですが」
「私が望むのはゆっくり心を休めて穏やかにミラが笑って暮らすことだ。だから何もしなくていい」
そっと抱きしめられるとどきどきと胸が高鳴る。勘違いしてはいけないのに。デューク様の優しさに縋ってしまいそうになる。
けれど今だけはその胸に寄りかかることを許して欲しい。そのまま腕を伸ばして腰に腕を回すと、デューク様もきつく抱きしめてくれた。




