19.新しい生活
デューク様の屋敷での暮らしにはすぐ慣れ、これまでの人生が嘘のように穏やかな日々を送っており、暮らしは快適だった。
彼の屋敷にお世話になって二日目の日には必要なものを取り揃えるためにと王都でも有名なドレスメーカーを呼びよせて服の採寸をしてもらうことになった。
ただの居候の私にそこまでしてもらうのには気が引けた。誰かのお古で構わないとデューク様は頑なに反対された。
それからはあっという間に着せ替え人形のように何着も着替えをさせられた。
既製品を何着かと、オーダーした服は次期に届けられるという。
ぐったりとする私を他所にデューク様はその服が似合っているとか、この色の服が見たいとか色々注文をするものだから、なかなか終わらなかった。満足そうに微笑んてでいた。彼が喜んでいるのであれば疲れも我慢できた。
そういえばと、私があの家で暮らしていた時も、ノーラやお義母様のドレスを作るため呼び寄せていたことがあったと思い出す。その度にこんな思いをして服を作っているのかと尊敬の念を抱いた。どちらかといえば私はもう二度とこんな思いをしたくないという気持ちで、当分服は要らないと思った。
デューク様は多忙の身で仕事で家を空けこともあったが、この家で好きにしていていいと言ってくれた。
屋敷の使用人にも私の存在を周知してくれたことで、挨拶や多少の会話もするよになった。今までの暮らしで感じていたような監視の意味ではなく、純粋な気遣いに胸が温かくなる。
今日は仕事でデューク様は一日家を開けるという。朝食事をした際に、そう告げられた。魔術について詳しく記載された本をプレゼントされたので、今日はそれを読むことにした。
デューク様は出かける前に私が退屈しないように色々な贈り物をしてくださる。今日はこの本を用意してくれたのだ。生まれ育った国とは違い、魔術も発展しているこの国には、たくさんの本がある。見ているだけでも参考になるし、以前に比べて使える魔法も増えてきた。これも全て彼ののおかげだ。
「ミラ様、今日は庭でお茶でもいかがですか?」
「エルナ、ありがとう。それじゃあお願いしようかしら」
エルナは最初ここへきた時にお茶を用意してくれたメイドだ。
一番年齢が近いことから、私専属のメイドとして面倒をみるように決まったのだという。デューク様の屋敷の使用人は皆龍人で、彼が幼い頃からの付き合いだという。ここには、私と同じ人間はいない。いくら歳が近いとはいえ、竜人は長命なため、私よりも随分と年上であるそうだ。
「はい、それでは準備ができましたらお呼びします」
お茶の用意をしているエルナを待っている間、本をぱらりとめくり熟読していると準備ができるのはあっという間のことだった。
「ミラ様、お待たせしました。お茶の準備ができました」
エルナに呼ばれて庭へ出れば、ティースタンドが用意されていた。残念ながら私一人だが、優雅なお茶の時間を楽しむことができそうだ。ティースタンドに乗せられた菓子は宝石のようにきらきらと輝いていて、見ているだけで笑顔になれる。
「このチョコレートすごく素敵」
「料理人が腕をかけて作ったものです。褒めていただけると彼らも喜びます」
これまではデューク様しか屋敷にいなかったので、菓子を用意することもほとんど無かったという。来客もなく、デューク様もあまり甘いものを好き好んで食べるわけでないようで、そういう機会が少なかったそうだ。
そこに私が来たことでこうしてもてなすことができて皆喜んでいるというのだから、私がいることで役に立つことがあるなんて。
皆優しくしてくれているけれど、私のようなどこの誰とも分からない人間が現れて、屋敷に住まうようになったことを不安に思わないのだろうか。エルナは専属のメイドとして私の側にいることになって、他の人よりも接する機会も多いだろう。多少の不満を抱いていたりしないのだろうかと、そんなふうに考えてしまうのは、私が臆病だからだろうか。深刻な表情をしていたのか、エルナに心配されてしまった。
「ミラ様、何か悩み事ですか?私でよければ話を聞きますよ」
「エルナ……」
「言いたくないことでしたら、無理にとはいいません。ですが、デューク様に言いづらいことなどあれば、ここだけの話ですから」
そんな言葉に考えていたことを吐露した。
「エルナは、その……、龍人でしょう?私のような人間に仕えることになって、あなただけでなくここにいる皆、色々思うところがあるのではないかと思って」
デューク様に急に連れられて来た私に仕えることになって、彼女はどのように思っているのだろう。本当は屋敷の使用人たちも不安に思っていないのだろうかと。
「そんなことを考えていたのですね。ですが、お気になさらないでください。確かに異なる種族同士ですから、世の中には人間のことを下に見ているものもおりますが、ここで働く私たちはそうは思っておりません。何より、デューク様連れてきた方なのですから、それがどんな種族でも関係ありません。ミラ様のことをご紹介されて、使用人一同とても喜んでいるのですよ」
「そうだったのですか。エルナも、ここで働く皆様、とても優しい方しかいないのね」
「お褒めいただき、光栄でございます」
エルナの笑顔は優しく温かいものだった。その笑顔を見て私は少し緊張していた心がほぐれた気がした。そして同時に、彼女のような人が側にいてくれるなら、ここでの生活も大丈夫だと思えた。
「それにデューク様の大切な人ですから」
「大切だなんて……」
「本当のことですよ」
その言い方だと、まるで恋人や家族のような雰囲気ではないか。そんな言葉を鵜呑みにして、勘違いしてはいけない。私のことを好きになる人なんて、誰もいないのだから。
エルナは大切だなんて言うけれど、デューク様からは私のことをどう考えているのかなんて聞いたこともない。ただ、帰るところのなくなった私を憐れんでここへ連れてきただけ。私が逆の立場だったとしても、そうしただろう。だからこれ以上彼の優しさには甘えてはいけないと、勘違いして好きになってしまう前に、早く仕事を探したほうがいいかもしれない。これまで働いたこともない貴族の令嬢を直ぐに雇ってくれるようなところがあるのかは分からないが、そこは最後にデューク様を頼ってもいいだろう。
そんな話をしていると、ファリンが駆け足でやってきた。顔色は優れず、何か重要な話があると直ぐに分かった。
「ミラ様、失礼します。エルナに話がありまして」
「ファリン。大切なお話のようですし、二人でお話されてきて構いませんよ」
ここは庭とはいえ、厳重な警備体制である。エルナが側へいなくても、何か困ることが起きる可能性は低い。おかわりのお茶を注ぐくらい私でもできる。
「お気遣いありがとうございます。直ぐに終わる話なので、この場でしても構わないでしょうか」
「ええ、二人がよろしいのでしたら」
「勿論です。ありがとうございます」
そうして二人は話をし始めた。
「実はマルクが熱を出してしまったようで、非番のガドナーから私のところに連絡が入ったんです」
「まあマルクが……」
二人は深刻そうに話をしている。マルクは二人の知り合いなのだろうか。私が知らない使用人の仲間かもしれない。この屋敷は随分と広いので、全ての人の名前を把握しきれているとはいえない。あまり盗み聞きするのもよくないだろうと、手元にあった本を開いた。
「泣いて母を呼んでいるようです。私もそばにいてあげたいのですが、まだ仕事も立て込んでおりますし」
「どうしましょう。心配ですが、私たちにも仕事がありますので」
本から顔を上げたときに、エルナと視線が交わってしまう。話を盗み聞きしていたと思われただろうか。
「心配なさらないでください。私たちの子供が熱を出してしまったようなのです」
「二人の、子供?」
「ええ、番ですから」
「番って……二人は夫婦なの?」
「そうなのです。お伝えしておりませんでしたね。申し訳ございません」
「いえ。私のほうこそ、お二人の関係に勝手に首を突っ込んでしまうなんて……図々しいことをしてしまったわ、ごめんなさい」
いくらここでお世話になっているとはいえ、私は他人だ。少し馴れ馴れしくしすぎてしまったと落ち込む。
「とんでもない。ミラ様に謝られるようなことは何一つありませんよ」
「それなら、良いのですが」
「だからこれくらいのこと、お気になさらないでください。むしろ最初からお伝えしておくべきでした。番同士結ばれることはとても奇跡ですから」
「奇跡ですか。そう、なのですね」
番とは人間には存在しない自分の半身とも言える存在だという。そんな運命によって結ばれた相手がいて、その相手と巡り会えたというのは、憧れを覚える。奇跡という言葉に惹かれるのは、私にも奇跡が起きてほしいと願っているからなのだろうか。家族がいるというエルナたちが眩しいからかもしれない。
「番は、人族として生まれたミラ様には馴染みのないことかもしれないですよね。ミラ様は、番についてどの程度ご存じですか?」
「その、獣人や龍人といった亜人は番というものがいるということは聞いたことがありますが、詳細までは把握しておりません。私の生まれ育った国は人間しか住んでいなかったものですから……不勉強で申し訳ありません」
「人族の国で住まれていたのですから、知らなくても無理はありませんよ。気になることはいくらでも聞いてくださいね」
「ありがとうございます。番について尋ねたばかりに、話しが脱線してしまったわね。風邪で寝込んでいる時に一人では心細いでしょう。私のことはいいから、エルナは今日は帰って子供の側にいてあげて」
「ですが……。私はデューク様にミラ様のお世話を申しつけられております。勝手に放棄するわけには参りません」
「私のことは一人でもなんとかなります。デューク様が帰宅されたら、私が頼んで帰ってもらったと、伝えますから」
「そういうわけには」
子供が何歳かは分からないが、誰も見舞ってくれないというのは寂しいことだ。私があの屋敷でどれだけ傷ついても、風邪で寝込んでも見向きもされなかった。余計に彼らに呆れられ叱責された。悲しくて、寂しいのは幾つになっても同じだった。今の私でもそうなのだから、私より幼いはずのマルクはきっともっと辛いはず。そのことを伝えるべきかと考えていると。
「ミラがいないと思ったら、お茶をしていたのか。……何かあったのか?」
「デューク様、お帰りなさいませ」
時を見計ったかのようにデューク様が帰宅された。
「ファリンまで深刻そうな顔をしているな。何かあったのか?」
「実はーー」
二人の話を勝手にしていいのかと一瞬思ったが、伝えることにした。
「そうだったのか。エルナ、ファリン今日はもう帰れ」
「ですが」
「これは命令だ。私の身の回りのことは自分でできる。ミラのことが心配なら、私がそばにいるから問題ない。他の使用人もいるのだ、たまには頼れ」
「寛大な対応ありがとうございます」
「デューク様、このご恩は必ず」
「ああ、期待している」
そうして二人は帰ることとなった。
広い敷地内に使用人たちの家もあるので、たいした距離ではない。
二人が帰っていくのを見送っていると、肩にジャケットをかけられた。
「ミラ、そろそろ夜も近い。外は冷えるだろう。部屋に行こう。ここの片付けは別の者に任せるから大丈夫だ」
「お気遣いありがとうございます。それでは参りましょうか」
手を握られてエスコートされながら部屋に戻る。こういう近い距離に最初は戸惑っていたものの、慣れてきた。横顔をちらりと盗み見る。エルナは私のことをデューク様の大切な人だといったけれど、それは違うだろう。彼にも番がいて、いつか現れるのだろう。そうなった時、私はきっと邪魔者だ。やはり早いうちに自立しなくてはいけないと思った。
「ミラ何か悩みでもあるのか?」
デューク様は心配そうな顔をしている。私が色々と考えこんでしまっていたから、気を遣わせてしまったようだ。
「いえ、その……。エルナとファリンの子供のマルクは大丈夫かと思っていたのです」
「ああ、そうだな。龍人は頑丈だが子供のうちは体調を崩しやすいからな。ちゃんと療養すればきっとすぐ良くなるだろう」
咄嗟にマルクの話をして誤魔化してしまったが、デューク様は特に疑っていなそうでほっとする。仲間想いで、使用人も大切にしているのが分かる。きっと私のことも助けた手前、無理に追い出したりしないだろう。けれどいつまでも甘えているわけにもいかない。早いうちに自立できるように、この恩を返せるようにしなくてはと心に決めた。




