17.救いの手
がたがたと揺れる馬車が止まったことでそっと顔を上げる。
「迎えに来た」
声のする方を見ると、月明かりに照らされた人影が見える。突然の明かりに、目が眩しく姿がよく見えない。
「誰……?」
「私だ、ミラ。わかるか?」
それはあの時私に魔法を教えてくれた人だった。泣き腫らした私の顔は、見るに耐えないだろう。
「どうして、貴方がここに?」
「会いにきたのだ。家の方を訪ねたのだが、生贄になると言われて此処にきたのだ。生贄など、なんとも馬鹿馬鹿しい。そんな事で災が収まるのであれば苦労しないだろう」
「それでも、人は何かに縋るしかないのです」
「何故、君が生贄に選ばれたのだ?魔法の才能もあるというのに」
「魔法を使っている所を見られてしまったのです。そしたら、まずいことになったと。私がノーラに手を上げたことにして、罪人として処理することにしたのです。殿下の心変わりを恐れたのでしょうか。そんな事あるはずないのに」
その話を聞き、彼は黙ってしまう。
「すまない」
「どうして、貴方が謝るのですか。顔を上げてください」
「私が魔法を教えたばかりに、この様な事を招いたのだろう」
「私は後悔しておりませんよ。それにどの道私はこうなる運命だったのです。婚約相手もいない私にできる事なんて、これくらいしかないでしょう」
自分で言っていて、その言葉に傷ついた。誰からも必要とされていないのだと、痛感させられた。この人に助けられたことで、生贄の役目も果たせなかったのだから。
「ならば私の元へ来い。此処にいても何もする事はないのだろう」
「私が、貴方と共に?」
「そうだ」
どうせ死ぬ運命だったのだ。もう少し生きられるというのなら、助けてくれたこの人のために時間を使いたいと思った。何より、この人のことをもっと知りたいと思った。
「ええ。命の恩人ですもの。あなたのいいようにしてください」
「そうか。なら遠慮はいらないな。早く帰るために少し急ぐことにする。今、迎えを呼ぶから、私の側から離れるな」
「はい」
返事をしたものの、ここは森の奥深く。迎えを呼ぶと言ったが、どうやってと疑問を抱くが、その答えはすぐに分かった。
辺りが一瞬暗くなったかと思えば、衝撃と共に目の前に大きな羽の生えたドラゴンが現れたのだ。
「迎えが来たな」
「ドラゴン!?あなたは……」
「ああ、言っていなかったな。そういえば、今のミラの前でこうしてちゃんと名乗るのは初めてか。私はデューク•ヴァルトシュタイン。ドラゴンの血を引く者だ」
慌てて王族への挨拶の礼をとる。
他国の人だとは思っていたが、まさか他国の、それも王族だったなんて。
義両親の恐ろしいものでも見るような視線や、ケイリー殿下のかしこまった態度を思い出し、皆が彼に対してそのように接していたのは、絶対的に逆らえない立場であったからなのだ。
はるか昔、ドラゴンから譲り受けたというこの国は、もともとヴァルトシュタイン帝国のドラゴンの温情によるものだろう。国政に携わっていたわけではないので、直接話をする機会はなかったが、ヴァルトシュタイン帝国とは主従関係のような立場であると聞かされている。こんな弱小国は一捻りで潰せるだけの力を持っているが、年に数度帝国から使者が来ていると聞かされていた。彼が何者であるのか知らなかったとはいえ、私の態度も褒められたものではないだろう。
「ミラにそんなことをしてもらうために名乗ったわけではない。頭を上げてくれ。今までどおり接してほしい。デュークと呼んでもらえると嬉しいのだが」
「かしこまりました、デューク様」
ふわりと見せた優しい瞳に、彼が喜んでいるのならそれでいいのかと思った。
「それでは、しっかり捕まっていてくれ」
ドラゴンの背に乗せられ、私を抱える腕がしっかりと回される。そのまま体がふわりと宙に浮くのを感じ、空高く飛び上がっていた。高いところから見下ろす景色は少し怖くて、ぐっとしがみつくように手を回した。
「落ちる心配はしなくていい。だが怖いなら少し目を閉じているといい」
「はい……」
その言葉に甘えて目を閉じる。さっきまで眠っていたのに意外にも乗り心地は良くて、うとうととしてしまう。
「ついたぞ」
頬をつつかれて目が覚める。抱えられたまま眠っているなんて、恥ずかしい上に申し訳ない気持ちになる。
「す、すみません」
「気にするな。色々なことがあって疲れているのだろう」
「起きましたから、自分で歩きますわ。ありがとうございます」
「建物の中は広い。このままでいるといい」
そうして下ろしてもらえることはなく、抱えられたまま建物の中を歩いていく。城を思わせるような荘厳な作りの建物だった。
「おかえりなさいませ」
デューク様姿を見るたびにすれ違う人たちが頭を下げていく。
「あの、デューク様。ここは」
「ここは私の家だ。王族とはいえ、王は健在だし、ドラゴンは長寿だ。王宮の暮らしは窮屈だからこうして王宮から少し離れたところに住まいを設けている」
それを聞いてほっとする。いきなり国王との対面となっても、デューク様の許可はあるとはいえ、うまくこの状況を伝えられそうになかったからだ。
「いずれは父や母と顔を合わせることもあるだろうが、当分はこのままここで暮らそう。もうすぐ部屋につく」
それは家と呼ぶには大きすぎる広さで、使用人の人数も相当多いようだ。その時前方から駆け足でやってくる人の姿が目に入る。
「デューク様!勝手にふらふらといなくなったと思ったら先に帰るなんて、置いてきぼりの護衛だちが怒られるんですよ……ってその方はどなたでしょうか」
「私の大切な客人だ」
「おやおや、デューク様が女性を連れてくるなんて!こうしてはいられませんね、急いで支度いたします。私はこの家の使用人をまとめているファリンと言います。以後お見知り置きを」
「このような体制で失礼いたします。私はミラグロスです」
名乗る家名はもうないので、名前だけ伝えた。
「ミラグロス様ですね。さあこうしてはいられません。さっそく支度をしなくては」
挨拶を終え、ファリンは使用人たちに的確に指示を出すとその人もまたどこかにいってしまう。
「部屋の準備ができるまで、客間で休んでいるといい」
部屋に着いたことでデューク様は私を椅子に下ろした。
「ありがとうございます」
デューク様は、当たり前のように隣に腰掛ける。
「ミラは先ほど好きなようにしていいと言ったと思うが、勝手に我が国へ連れてきてしまった。このまま、ここにいてくれるだろうか」
「はい。行くあてもないですから。むしろありがたいお話です」
「そうか。それならよかった」
私がデューク様と話をしていると、部屋をノックする音が聞こえる。
「入れ」
それからすぐ一人のメイドが部屋に入ってきた。
「失礼いたします」
ティーカートを引いたメイドが、手際よくお茶の用意をしていく。
「お食事がお済みか伺っておりませんでしたので、軽食を一緒に用意いたしました」
「ミラ、お腹が空いているなら、他に食事も用意させるが」
「十分です、ありがとうございます」
ケーキスタンドと皿がいくつか並べられ、二人で食べきれないほど多いのではないかというくらいの量だ。
「あとは俺がやる。下がれ」
「かしこまりました。それでは失礼いたします」
メイドはお辞儀をして部屋を出ていく。部屋には私とデューク様の二人きりとなる。
「沢山食べるといい」
「ありがとうございます」
朝からほとんど何も食べていないので、こうして食べ物を見ると自然とお腹が空いてくる。夜中に高カロリーなスコーンを食べていることに背徳感はあるが、甘くてとても美味しかった。
「私……」
「どうかしたか」
「いえ、私、また死にぞこなってしまったのだと思いまして」
「……死にたかったのか?」
射抜くような双眸に、私はなんと返していいのか分からなくなってしまう。
「そういう訳ではないのですが、うまく言えませんね」
誰からも必要とされない私が、このまま生きていてもいいのだろうか。そんなふうに考えてしまう。
「色々なことがあって、心も疲れているのだろう。しばらくゆっくり休むといい。私も側にいる」
「ありがとうございます」
それからは無言でお茶を飲んだ。その時間は少しも退屈ではなくて、心地よい時間だった。
こうしてまた私は運悪く生き残ってしまったのだ。




