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16. 生贄

 結局一睡もできないまま朝を迎え、森へと移動することとなった。

 厳重な警備のもと部屋から移動する。馬車で送られることになっているため、その場所に着く間逃げ出さないように見張られているのだ。騎士の腰の剣で、いつでも斬り捨てられるという警告のように感じた。


 けれど、私は逃げも隠れもしない。ただ、言われた通りに役目をこなすだけ。移動する先々で王宮に勤める人々が遠巻きにこちらを見ているのがわかる。馬車は王城の一番目の前の広場に止められており、嫌でも視線を集めた。そこにもたくさんの人がいた。野次馬もしたくなるだろう。殿下の元婚約者で、今の婚約者の妹に嫉妬して手を挙げたのだと、面白おかしく噂されているに違いない。


「さあ、こちらの馬車へお乗りください」

「ええ」


 騎士に促され、馬車へ乗り込もうとしたその時。


「待って!」


 その声は、よく通った。騎士達の静止を振り切ってばたばたと足音が近づく。視界が、亜麻色の髪を捉えた。


「お見送りに参りました」


 そこにはノーラが立っていた。


 最初に抱いた感想は何故、というものだった。私に会いたいなんて、この子が考えるはずない。それなのにどうして、ノーラがここにいるのだろう。


 騎士は一瞬迷ったようにノーラを止めようとしたが、ノーラがこれが最後だからと訴えかけ、涙でも浮かべれば、しぶしぶといったように引き下がった。

 殿下の婚約者に何かしたと騒がれるよりはましだと判断したのかもしれない。


「お姉様……最後にお話したくて、来てしまいました」

「何故?」


 私の頭の中は混乱でいっぱいだ。屋敷から居なくなるように家族総出で騒ぎ立て、使用人を脅し、緘口令を敷いてまで私を罪人に仕立て上げたというのに、どうしてここに居るのか。

 辺りを見回しても、義両親の姿はない。私の見送りなんてするわけないと分かりきっていたものの、ちりっと胸が痛む。許しを得てここへ来ているのかは不明だが、ノーラが単身で王宮へ来たことは間違いなさそうだった。


「きっと、私のこと恨んでいるでしょう?でも私はお姉様のこと、嫌いにはなれません。だって、ずっと共に暮らしてきた、大切な家族ですもの」


 はらはらと涙を溢しながら、演説でもするように、ノーラはこちらを見ていた。私はそんなノーラを黙って見つめていた。


「ノーラ様は、優しいのだな」

「怪我をさせたと聞いていたが、そんな姉の心配までするなんて、なんて心の広いお方なのだ」


 騎士たちの囁く声が聞こえる。そんなノーラを守る立場になれることが幸せなことだと、誰かが言った。


「お姉様に打たれてしまうのも仕方ないと思うのです。私はお姉様から、ケイリー様を奪ってしまいました。それだけのことをしたんです。だから、悪くないと言ったのです。けれどお父様の決定を止められませんでした。ごめんなさい。本当は止めたかった。でも私は非力で何もできなかった」


 ノーラの迫真の演技に、次第に人も集まってくる。騎士は私を馬車に乗せる役目も忘れ、話に聞き入っている。中にはノーラのその様子に胸を打たれ、感激のあまり涙を流す者もいた。


「ノーラ様がそんな風に思っていたなんて……」

「心の広いお方だ」


 それに比べてと、私の狭量な人だと誰かが言った。ノーラの一方的な話に賛同した人が、私を悪意に満ちた目でみてくる。不躾な視線が突き刺さる。


 これはなんなのか。何を見せられているのか。

 サッと血の気が引いていくのがわかる。ばくばくと心臓が嫌な音をたて、身体が震えそうになる。吐き気もしたが歯を食いしばり、手を握りしめて必死に堪えた。


「だからせめて最後にお見送りしようと、今日は参りました。もう一緒にはいられませんが、私はお姉様の幸せを、ずっと願っています」


 健気で慈悲深く最後まで姉を心配する妹を演じているようだった。私の幸せを願うだなんて、生贄になるというのに。ノーラは生贄の意味を知っているのか。知った上でこうしているのか。あまりの仕打ちに目の前がちかちかしてくる。言い返す言葉もない。何を言っても無駄だと本能が告げていた。

 

「ノーラ様、お時間です。これ以上は……」

「わかりました。引き止めてしまい、申し訳ありません」


 ノーラは最後に私にかけより、抱きついてきた。そして私の耳元で他の人には聞こえないように呟いた。


「ウフフ。さようなら、可哀想なお姉様」


 このやりとりも、全て自分を良く見せるための芝居でしかなかった。自分が未来の王妃になったときに、罪を犯した姉を許した、心の広い女性だと知らしめるために。


 なんのために、私はここで生きていたのだろう。ぽっきりと心が折れた。ここで泣いてはいけない。弱みを見せてはいけない。特に、ノーラの前では涙を見せたくないと思った。


「ええ。さようなら」


 普通にいつも通りの表情で言えただろうか。目を見開いたノーラの顔は、すぐに険しいものになる。きっとそれが答えだ。私の態度がお気に召さなかったということは、私が周りから普段通りの私に見えていることだろう。

 泣き崩れでもすると思ったのだろう。人前では弱みを見せてはいけない、感情を表に出してはいけないと、王妃になるために毎日繰り返し教育され学んだことがここで役にたつなんて。

 感情の起伏が激しいノーラがこの後どうやっていくのかは知らないが、まだまだ時間がかかりそうだと思った。


「それでは、皆様、お見送りありがとうございました。この国がより良いものになるように、私は私の役目を果たしますわ」


 最後に笑ってみせたのは、精一杯の強がり。

 馬車の扉が閉められ、ゆっくりと動き出す。やっと一人になれた安心感からか、抑えていた涙が溢れ、頬を伝う。


「私、私は……ただ、普通に生きたかった。お母様とお父様とお兄様と一緒に、普通に暮らしたかっただけなのに」


 言葉にしてしまえば、止まらなくなる。

 写真でしか見たことのない三人の姿。共に生きることができていたのなら、どんな時間を過ごせたのか。


「うっ……ぁ、うぁ、ぁぁぁっ……!」


 どうして自分ばかりがこんな思いをしなくてはならないのか、溢れた涙は止まらず、頭も痛む。何故、どうして、自分ばかりが。力があればこんなことにはならなかったのに。いくつもの後悔の念が浮かび消えていく。


 どんなことを考えていても、馬車の動きは止まらない。泣きつかれたことで、次第に眠気が襲ってくる。夜あまり眠れなかったからか、この頭痛の影響か。今はそんなことはどうでもよかった。このまま眠ってしまっても、森へ行くことは変わらない。しばらく何も考えたくないとそのまま目を閉じた。



ーーそうしてどれくらい時間が過ぎたのか。

 馬車の隙間風に体が冷えたことで目が覚める。


「う……」


 泣き腫らしたことで瞼が重く開きづらいと感じる。きっと目は腫れぼったくなっていることだろう。馬車の窓から見える景色が暗いことで、いまは何時なのか、ここはどこなのかと心配になる。馬車は動いておらず、周りからは何の音もしない。


 扉を開こうとしても、扉は厳重に鍵がかかっているのか、ぴくりとも動かない。まさか置いて行かれたのかと、何度も扉を押すが何度やっても結果は変わらなかった。


 水の魔法は役に立たず、火の魔法を使えば自分が燃えるだろう。魔法が使えても、結局この困難を乗り越えられる魔法はなくて、何で非力なんだろうと思った。


 けれど、きっと彼らならそうするだろうと思った。このまま朽ちるまで、ここにいるしかないのだろうか。ここが森の祭壇である保証もなく、ただその辺に捨て置かれただけの可能性もある。私のことを助けてくれる人はいない。


 扉から入り込む隙間風が冷たくて、腕をさする。あたりは暗く、夜になってしまったのかもしれない。馬車の窓から外の様子を伺うが暗くて何も見えなかった。捨てられている場所にもよるが、夜は魔物が活発動き回る。いくら馬車の中とはいえ、魔物に攻撃されたらひとたまりもない。少しは魔法を使えるようになったものの、あの人のように自在に操るにはまだ程遠く、魔物と対峙するようなことがあっても、倒すことは難しいだろう。そう考えていたその時。近くでグルルという獣の呻き声が聞こえ、身構える。


 どん、という激しい音とともに、馬車が揺れ転がる。扉も開けられないこの状況では、外からの攻撃はされるがまま。今の衝撃により頭を打ったのか血が垂れてくる。私が一体何をしたというのか、どうしてこんな思いをしなくてはいけないのか。魔法使いの一族に生まれ、魔法が使えなかっただけで、こんな思いをしなくてはいけないのか。


「どうして……」


 そんな私の疑問に答える人もいない。こんなところで死んでしまうのか。まだ死にたくないと、ぐっと目を瞑った。

 気がつけば呻き声は聞こえなくなり、風が先ほどよりも近くに感じられる。

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