15.今の自分にできること
翌朝、私の身柄は城へと移されることになった。殿下の婚約者に手を挙げた者を同じ屋敷内に置いておくのは危険と判断しての措置だ。たとえそれが冤罪であっても、私の言葉は聞き入れられることはなかった。
城での暮らしは随分と楽なものだった。軟禁状態ではあったが、客室で丁重にもてなされている。ここでも牢屋へ入れられるとばかり思っていたので、拍子抜けだ。
お義父様の強い後押しもあり、私を豊穣祭の献上品としてーー供物として捧げることが決まった。
豊穣祭の供物の中には、かつて生娘もあったという。それが食べ物や装飾品となり、時代によって移り変わったとされている。
今この時代に人を生贄に捧げるということに批判的な意見もあったが、死者の数は増える一方で、そんな状況を変えるためにも必要なことだと国の重鎮たちも納得したのだろう。
生贄を捧げるのであれば、儀式や祈りを捧げる必要はないだろうと、私はただ当日を待つこととなった。生贄になることが決まってから、ただ部屋で何をするわけでもなく、その時が来るのをまっている。せめて最後くらいは幸せな時間を過ごせるようにと、取り計らってくれたのだろうか。欲しいものは伝えればなんでも用意するという。生贄になるということは、死ぬと言うこと。これから死ぬのに欲しいものなんてあるわけがない。ドレスや宝石をもらったとしても、死んでしまったら何の価値もない、石ころ同然だ。
こうしてみるとあっけない人生だった。ずっと私は誰かの言いなりで、こうあるべきと押し付けられたことをひたすら行ってきた。ほんの少しだけ魔法を使えるようになってもっと頑張りたいと思っていたが、魔法が使えるようになりたいというこの感情は、使えなければならないという強迫観念からきているものなのか、刷り込みなのかーー。そう考えると、本当に自分のやりたいことや好きなことすらも何もない、空っぽな自分の人生だったと、過去を振り返り自重気味に笑った。
何も私が生贄になる必要はないと、殿下は掛け合ってくれたのだが、婚約者でもない今私を守る必要などない。陛下の意見を覆せるほどの意見を言えるはずもなく、彼の要望は受け入れられることはなかった。
部屋から出ること以外は自由にさせてもらっており、窓辺の椅子へ腰掛け、庭を眺める。彼は今日もあの場所に来てくれたのだろうか。軟禁されている身では、この部屋から出ることはできない。最後一目でも会えたらと思うが、私は彼の名前も知らないのだと気づく。殿下に頼めば会わせてくれるだろうか。それも難しいかもしれない。彼が私に話してはいけないことを伝えたのではと、何かを恐れているようだった。
こんなことになってしまったが、魔法が使えるようになったのは彼のおかげである。だから最後に一言お礼が言えたらよかったと少しだけ後悔した。
その時、ドアがノックされ、返事を待たずして扉が開かれた。
「ミラ!」
また、殿下が部屋へやってきた。王城とはいえいつ命を狙われるのか分からない身分だ。側近の男が二人背後に控えている。彼らはこの部屋に訪れることを好ましく思っていないようで、冷ややかな視線を向けられ、居心地が悪くなる。私を睨みつける暇があるのなら、殿下を無理矢理にでも部屋から連れ出す努力をしてほしいと思う。
「ミラがこんな事になるなんて。これは何かの間違いだろう?」
正義感が強いのか、殿下はこうして時間があればこの部屋に足を運ぶようになった。私がそんなことをするはずがないと分かっているのは、これまで共に過ごしてきた時間があったから。誰かの言いなりでしかない私が、あの人たちに手を上げるわけがないとそう思っているのだろう。
「俺が不甲斐ないばかりにすまない」
「いえ、気にしておりません。どうにもならないことだって、人生には沢山ありますから」
部屋にやってきた殿下と当たり障りのない会話をする。こうして婚約者でなくなってからのほうがゆっくり話す時間が増えるなど、皮肉なものだ。
喉が渇いて、水差しを手に取ったが既に飲み切った後のようだった。こんなことで誰かを呼ぶ必要もない。そっと手をかざすと水で満たされていく。魔法は便利だ。こういう時は魔法が使えるようになってよかったと思ってしまう。
「それは、魔法……?」
「え……?」
しまった、と思った時にはもう遅い。
殿下がこの場にいることも、何も考えずに魔法を使用してしまったことに今更ながら気づく。気が緩んでいた。
最近はこうして当たり前のものとして使っていたから、配慮が足りなかった。もちろん、部屋に居合わせた側近たちにもばっちりと見られてしまった。彼らは突然目の前で使われた魔法に驚きを隠せないのか、呆けていた。
「これは……」
取り繕うことは難しいだろうと肯定する。
「ええ、急に使えるようになったのです」
「そんな!なら、尚更ミラがそんなことになる必要はないじゃないか!魔法が使える者は貴重だ。このことをもう一度陛下に伝えて、かけあってみるよ」
殿下はなんとしてでも私を助けたいようだ。こうなるような気がしていたから、彼の前で魔法を使いたくなかったというのもある。また面倒ごとを増やしてしまった。どうして殿下は私のことを助けたいと、そこまでしたいと思うのだろう。罪滅ぼしなのだろうか。困難に立ち向かう王子様を演じたいのだろうか。そんな風に、私を助けたいと思うのなら、最初から婚約破棄なんてしなかったらよかったのに。
「殿下、もういいのです」
「どうして?森に一人置き去りにされるんだ、生贄ってことは、死ぬんだぞ!」
「そうですね」
「そうですねなんて、どうしてそんなあっさりと言うんだ!ミラは、死ぬことが怖くないのか?どうして生きることを諦めているんだ!」
「怖いですよ。でもそれと同じくらい、私はもう、疲れてしまったんです」
「君のどんな願いでも聞くと約束したじゃないか!それを今使ってはくれないのか?」
そんな話もあったなと考える。殿下がそのことを覚えているなんて、よほど頼られたのが嬉しかったのかもしれない。けれど、私は救いを求めるつもりはない。話して喉が渇いたので、注いだ水を一気に飲み干す。
「私に、助けてほしいと望んでほしいのですか?どうやって?願っても叶うはずのない願いは、最初から願うだけ無駄です」
「……ミラは一度も俺を頼ってくれた事がなかったね」
「頼る?頼るとはどうすればいいのでしょうか。確かに、殿下の言うように、私は今までも助けを求められるような立場にはいませんでした。誰も頼ることができる状況にいなかったのでどうしたらいいのか、分からないのです。できて当たり前と、やれて当然のことと、皆がそう言いました。できないと言えるような雰囲気ではありませんでした。それなら私はやるしかないのです。やれなくてもやれるまでずっと繰り返すだけなのです。私が生きていくには、そうするしかないのです。それは、これから先もずっと。その繰り返しに、もう疲れました」
その事を伝えると殿下は絶句した顔をする。
「ミラ、俺は何か思い違いをしていたかもしれない」
何かを言いかけた殿下を遮る様に、私はそのまま首を振る。今更どうにもならないのだ。私はもう殿下の婚約者ではないし、濡れ衣とはいえ罪人だ。本来ならこうして会話をできるような立場ではない。
それでも殿下の瞳は不安げに揺れていた。けれどそれはもう取り返しのつかないところまで話は進んでいて、どうすることもできない。何かが起きる前に、殿下の話を遮る様に、私はそのまま背を向けた。
「婚約者でもない男女がなん度も顔を合わせているのは良くないです。逢瀬を重ねているなんて噂が立ったら大変ですよ。これは殿下のためです。だから、もうここには来ないでください」
彼が何を言おうとしていたのかは、この際どうでも良かった。従者にも目配せをしたことで、彼らが無理にでもこの部屋から殿下を連れて行ってくれるだろう。もうそっとしておいてほしかった。
強引に部屋から連れ出される殿下と最後に視線が交わった。
「どうか、何もせずこのままでいさせてください」
彼の返事を聞く前に、扉を閉めた。
生きていたとしてもこんなにも惨めな思いをするくらいなら、それならいっそ生贄にでもなった方がましだと思えた。殿下が用意した縁談も不意になり、そんな者にまともな嫁ぎ先が見つかるはずもないだろう。そんな私にどの道明るい未来はない。逃げ出す勇気もなく、結局私はここにいる。
それならば供物として、もう終わらせてほしかった。それくらいなら、私にもできる。まだ私にできる役割があると、必要とされていると思えたから。
「また、来るから」
そんなこと望んでいないのに、殿下はそう言って部屋から出て行った。
けれどあの言葉が殿下にどう影響したのかはわからないが、それからぱったりこの部屋に訪れることはなくなった。また来るという言葉なんて当てにしていなかったが、守られない約束というのは、悲しいものだ。だから殿下とした約束を引き合いに、願う必要はなかったのだと、この選択に間違いはないのだと自分に言い聞かせた。
それ以降この部屋にやってくるのは、王家の使用人だけ。食事を持ってくるときだけこの部屋に立ち入り、それ以外では会話することもない。静かになった部屋は少し広く感じたけれど、もとから一人だったのだ。これでよかったのだと思えた。
ゆるやかに時間は過ぎていき、儀式の前日を迎えた。
その日の晩は、いつも以上に丁寧に身体を磨かれ、綺麗に手入れをされてから布団へ入った。朝日が登れば生贄として捧げられるために儀式の場所へと向かうこととなる。もうここに戻る事はもうないだろう。
持っていきたいものがあれば持っていけると言われていた。私が望んだのは写真と首から下げているブローチだけだった。元々物に執着しておらず、大切なものを持っていなかった。きっとあの人に出会わなければ、ここにあったのは写真一枚だけだっただろう。彼に会わなければ、今の私はなかったかもしれない。そもそも、魔法が使えないので生贄になっていなかったかもしれないし、殿下が紹介してくれた婚約が上手くいっていたかもしれない。もしくはお義父様がどこからか持ってきた縁談相手に嫁いでいたかもしれない。
そんなたらればを考えても、無駄だと分かっているのに、色々と考えてしまう。どうすればよかったのか。何を間違えていたのか。もっと早くから殿下に歩み寄り互いの話をするべきだったのか、家族との親睦を深めるように時間を割けばよかったのか。けれど、殿下はきっとノーラに惹かれることになっただろうし、血の繋がりのない私は、どれだけ頑張ってもノーラと同じくらい愛されるようになることは難しかっただろう。独りよがりの思いは、一方通行で、どうすることもできないのだから。いくら考えても、答えは見つからなかった。




