12.再会
式典に向けて、王城に練習のため行く事になった。今後は夜会以外で足を運ぶ事はないと思っていた場所。馬車の窓から見える景色を眺め、通っていた日々を思い出し、そんなに日は経っていないというのに、随分と前のことのように感じ、懐かしい気持ちになる。あの辛かった日々を懐かしい過去の事の様に思える日が来るなんて思っていなかった。
いつか、私も心から笑って楽しいと思える日が来るのだろうか。そんな風に考えていると馬車が停車し扉が開かれた。
「ミラグロス様、こちらへ」
案内してくれるのは王城の騎士。歩きながらノーラもきっと今頃妃教育中なのだろうと思った。王妃様は厳しく涙を流せばより一層叱られる。甘やかされて育ってきたノーラにそれが耐えられるのかは分からないが、妃の代わりはいない。自分が選んだ道なのだから、努力するしかない。
収穫祭で身に纏う衣装は、白を基調とした金糸で飾られたドレスだ。婚約破棄されたことで、その役目ももうないだろうと思っていたので、こうして着ることとなるとは思わなかった。
「よくお似合いです」
顔見知りの王宮のメイド長であるリンダが着替えを手伝ってくれる。
「ミラグロス様には、苦労ばかりさせてしまい申し訳ございません」
「いえ、いいのです。断れなかった私も悪いのです。けれど、この式典はこの国では一番大切なものなのでしょう?国がなくなってしまっては私も路頭に迷いますから、これは私のためでもあります」
「寛大な心になんとお礼を申し上げていいのか……。あなたの努力は私もずっと側で見ていたからわかります、それなのに……」
彼女の言わんとすることがなんだか分かった。けれど殿下の判断のことも含めて、彼女には思うところがあったのかもしれない。このことはもうどうにもならない。ノーラに魔法があって、私にはなかった。だから選ばれなかった。ただそれだけのことだ。
「リンダ、ありがとう。私のことをそんなふうに心配してくれる人がいると分かっただけで嬉しい。でももういいの。生きていればどうにもならないこともあるって、分かっているから」
「ミラグロス様……」
沈痛な面持ちで謝罪をされ、それ以降その話題が出ることはなかった。
その日は簡単に舞の練習と儀式の流れを繰り返し行った。毎年しているだけあって、意外と体に染み付いているもので、なんなく練習を終えた。
少し休んでいくといいとのことで庭でお茶をいただいた。こうして庭の花々を愛でながらお茶をいただくのは、妃教育の間の私の唯一の楽しみでもあった。きっとそのことを覚えてくれていたリンダが気を利かせてくれたのだろう。
私のことを見ていてくれる人がいたと知れただけでも、今日はいい日だと思えた。お茶を終えた後、庭を散策していた。すると、以前パーティで見かけて魔法を教えてくれ、鱗をくれたあの男性が立っていた。
「貴方はこの間の……」
「君が先程祈りを捧げていたのだな。とても素敵な姿だったよ」
窓から見えたのだろうか。心からそう思っているようなその言葉に、私の胸は高鳴る。私のことをそんなふうに手放しに褒めてくれる人は少なく、嬉しかったのかもしれない。
「婚約者でなくなったと聞いていたから、踊れる者がおらずどうなることかと思っていたが、ミラが今年もその役割を果たすのだな」
「急な事で、他に勤める人がいなかったのです。どうしてもと頼まれて仕方なく」
それも今年で終わりだろう。翌年以降はどうなるのか、その辺の事情は王族と関わりのない私には知る術もない。
「それは災難なことだな。今度の祭りには私も参加することとなっている。今度といっても、もう一週間後のことか。しばらくこの辺に滞在することとなっているから、時間があえば魔法を教えてやろう」
「いいのですか?私はとてもありがたいことですが、他に用事などあるでしょう?」
「急を有するものはないから気にしなくていい。祭りの当日までは、こうして城で練習があるのか?」
「はい、そうなのです。なのでまとまった時間はとれないのですが……」
できることなら、祈りを捧げる練習なんてしないで、魔法の練習がしたいと思ってしまう。
「そうか。ならば練習が終わった後にこうして見にこよう。そうすれば時間も取れるだろう?」
「よろしいのですか?わざわざお時間を取らせてしまい、恐縮なのですが」
「気にしなくていい。私がしたくてしていることだ」
「それなら……。よろしくお願いいたします」
せっかくの申し出を断るのは勿体無い。何より、私自身が魔法をもっと学びたいとそう思っていた。その申し出をありがたく受け入れることにした。
「先ほど王妃教育をしているところを偶然見かけたのだが、あの者は君の妹なのだろう?」
「そうです。ノーラがどうかしましたか?」
「いや、あの者に王妃が務まるとは……」
「ミラ!ここに居たのか」
話を遮るように、私を呼ぶ声がして振り返る。話し込んでしまっていて、気がつけば随分時間が経っていたようだ。
安堵した表情で駆け寄ってくる殿下は、私の隣に立つ男性の顔を見るなり、驚愕の表情へと変わる。
「貴方は……」
さっと殿下が頭を下げる。その様子にこの方がとても高貴な方である事を知る。
「来て下さっていたのなら、言って下さればお迎えに上がったのに」
「良い、頭をあげよ」
その声と共に恐る恐る上げられた顔は、恐怖に怯えているかの様だ。
「ケイリー、大きくなったな」
「はい。遠路はるばる、お越しただきありがとうございます」
「随分余所余所しいじゃないか。この間の夜会でも遠くから姿を見たが、まだ赤子だと思っていた者が直ぐに大きくなるとはな」
「あの夜会にもいらしていたのですね……気がつかず、大変申し訳ありません」
「いや、急に代理で行くことになったのだ、気にしなくていい。彼女が私の話し相手になってくれたので退屈しないですんだよ」
「そうだったのですね……」
いつもよりも口数が少ない殿下は、この方とどうやら知り合いの様だ。彼は親しげに話しかけているものの、殿下の反応は薄いもので、二人の関係性はいったいどの様何ものなのかと考えてしまう。
「式典には私が参加することとなった。それまで滞在する部屋は既に用意してもらったから、私のことは構わなくていい」
「かしこまりました。また後ほど……それじゃあ行こう、ミラ」
「また会おう」
「ありがとうございました」
会釈をして彼と別れた。
私は小走りに一刻も早くここから立ち去ろうとする殿下の後を追う。
「何か言われなかったかい?」
「いえ、特に何も」
「そうか。よかった」
「殿下のお知り合いの方だったんですね」
「まあそうなんだけれど、私個人が懇意にしているわけではないんだ」
その口ぶりから、国同士の付き合いがあるとなんとなく察することができた。
「その、彼からは、本当に何も言われていないかい?」
「ええ。ただの世間話しかしていませんよ」
「何もないなら、それでいいんだ」
何度も確認するのは知られたくないことがあるからなのか。思い詰めた様な殿下に、その内容を問いかける事は憚られた。
「そろそろ帰るだろう?馬車まで送るよ」
「ありがとうございます」
殿下の付き添いで幾度も舞踏会などに参加した事はあるが、何度思い返しても彼の姿を見た事はない。私だけが知らない人で高貴な方ともなれば、いったい誰なのか。
そういえば、また名前を聞くのを忘れてしまった。また明日も会えるのなら、その時に教えてもらおうと考えていた時。
「お姉様!まあ、ケイリー様と一緒にいらしたのですね」
「ノーラ!ミラを送った後迎えに行こうと思っていたのだが。まさかもう帰ってしまうのかい?」
「ええ。今日は遅くなってしまったのでそろそろお暇しようかと。折角なので、お姉様一緒の馬車で帰りましょう?」
ノーラの誘いを断ることなどできるわけがない。もし、これがあの二人の耳に入ればまた何と言われるか、考えたくもない。
「ええ、それならそうしましょう。殿下、今日はありがとうございました」
「ああ。仲がいいんだな。二人とも気をつけて帰るんだよ」
殿下の見当違いな言葉には触れずに私たちは同じ馬車で帰ることとなった。
向かい合わせで座り、馬車の揺れる音だけが室内に響く。気まずい重い空気。仲の良い姉妹ではない私たちの間に、自然と盛り上がるような話などあるわけもなく、こちらから提供できる話題もない。
「お姉様はすごいのですね。あのような大変なことを毎日毎日やってきたのでしょう?私はもう大変で辛くて、しかたがありません」
誰かにこの話をすぐに聞いてもらいたかったのかもしれないと思った。殿下にはそんな話はなかなかできないだろうし、同じ立場だった私なら適任と判断したのだろう。
「それでも、貴女が選んだのが殿下の側にいることなのだから、努力するしかないわ」
「お姉様……?」
少しそっけなかっただろうか。しかし今更取り繕ったとしても、意味はないように思えた。何よりもそれ以外の感想も思い浮かばない。
「何かわからないことがあって、私に教えられることがあれば聞いて頂戴」
「ありがとう、お姉様」
それからは殿下への思いの丈やデートでの出来事をもう十分というほど聞かされた。いかに自分が大切にしてもらっているのか、嫌というほど思い知らされる。別に殿下に未練はないけれど、とても大切にされているのだろうということがなんとなく分かってやはり私では駄目だったのだと少しだけへこんだ。
「だからお姉様の入る隙はありませんよ!ケイリー様と二人で何かしていたのかもしれませんけど、私のほうが大切にされているんですから」
これは二人でいたことへの当てつけだろうか。牽制しているのかもしれない。殿下へ向けられていた感情ははあの婚約破棄の場で綺麗さっぱり無くなっている。むしろ婚約破棄された今の方が、程よい関係を築けているような気がしているくらいだ。
「ええ、そうね。きっと二人はいい王妃と陛下になれるでしょうね」
私の言葉に満足したのか、それ以上そのことについて言及してくることはなかったけれど、殿下との距離感はより一層気をつけなくてはいけないと、考えさせられる日だった。




