11.叶えたい願い
社交辞令として返事を送ったものの、あれから音沙汰無しだった。つまり、そういう事なのだ。
お茶会での雰囲気も悪くなかった。うまくいっていたと思っていた。デクスター様が顔色を変えた要因は、このブローチしかない。
「やっぱり、貰ってはいけないものだったのかもしれない。血相を変えるほど、大変なものなのかしら。けれど、取り上げるわけでもなく、どういうことなの……?」
役に立つといわれたこのブローチの効果は今のところ感じではいない。私にはそれを尋ねられる人もいない。
けれど、はっきりこれを見られたのだ。私にとってみればただのブローチであるが、デクスター様からすればそうではなかったのかもしれない。
もし、何か大事になりそうな代物だというのであれば、このことが殿下にも伝わっているのかもしれないと身構えてしまった。けれどいくら待てども王家から私当てに手紙が届くこともなかったので、心の内に留めておいてくれたのか、詳しいことは分からないまま。
義両親からは相手の一人も引き止められないとくどくどと叱りの言葉をいただき、内心辟易していたが、こうなったのは元はと言えば婚約が不意になった所為だ。あなたがたの大切にしている実子のせいですよなんて、その事を言うつもりはないが、少し考慮してくれてもいいのではと考えてしまう。彼らの気に入らないことをすれば、実力行使も厭わないだろう。だから口答えはできない。大人しく屋敷で過ごしていても、彼らが訳ありの縁談を用意するまで、あまりそう時間はないはずだ。
今日は天気が良い。叱られた後、庭へ出て散歩でもしようかと光が差し込む窓辺に寄れば、家の外には豪華な馬車が停められている。ノーラに会いに来たのだろう、丁度殿下が降りて来るところだった。
その殿下に駆け寄り微笑み合う二人はまるで物語の幸せなお姫様の様だ。今の私はそんな彼等の姿を見ている気分にはなれず、目を逸らした。
二人は、天気の良い日は決まってバルコニーでお茶を飲んで語り合っている。こんな天気の良い日でも、この庭に私の居場所はない。誰もいない場所へ行こうと、自室へと戻る事にした。
部屋で本を読んでいると、一人のメイドが私を呼びにくる。私に、大切な話があるという。
連れられて向かえば、そこには殿下がいた。
何故とメイドを見るが頭を下げて部屋の片隅に移動されてしまった。顔を合わせたくなくて部屋に篭ったというのに、まさか、呼び出しが殿下からのものだったとは。婚約者でない私に会いに来ている時点で碌なことが起こらないのは分かりきっている。けれど今更急に自室へ戻るのは難しかった。
「ミラ。話があるんだけど、少し時間貰えるかな」
「いかがなさいましたか」
「すまなかった……!」
突然に頭を下げられてしまい、戸惑いを隠せない。こんなところを誰かに見られでもしたらまた何を言われるのか堪ったものではない。二人きりで会っているというのも不用心だというのに、いったいこの人は何を考えているというのか。
「殿下、急にどうされたのですか?頭を上げてください……!」
「良かれと思って、彼を紹介したというのに、こんなことになってしまって申し訳なく思う。彼も、君のことは好ましいと聞いていたのに」
デクスター様はこの鱗のことを殿下には伝えていないようで安堵するが、彼に本当のことを言わず、何も言わずに去ったのだろうかと疑問は残る。
「殿下の手前、そのように言っていただけなのですよ。お気になさらないで下さい」
「しかし……」
彼の言うことは最もだ。殿下の紹介で箔がつくはずだった婚約の話も流れたとなれば、私にまともな縁談は望めないだろう。
「もともと、婚姻など望んでいないのです。ですから今回の件も殿下が心を痛める必要はありません。この件はもうこれで終わりにしましょう。元々、用事はそれだけはなくて、私に何か話があって呼んだのではないですか?」
殿下がわざわざ時間を割いてまで私との時間を設けたのは、この謝罪のためだけではないはずだ。この程度の内容に関する謝罪なら、手紙で済ます方法だってある。それをしなかったということは、何が用事——もとい頼み事でもあるのではないかと勘繰ってしまう。
「敵わないな、ミラには」
「こんな謝罪のためだけに、私を呼ぶようなことはないかと思いまして」
「実は……その通りだ。沢山迷惑をかけて、こんな事を頼むのは筋違いだとは分かっているんだ。けれど、どうしようもなくて、また君を頼ってしまった。ミラも昨年は祈りを捧げてくれたと思うから知っているとは思うけれど、豊穣祭が近々行われる事になっていてね」
「豊穣祭ですね。いつもこの時期に開催されていますから存じ上げております」
この国で行われる祭りとして、秋に行われる豊穣祭は、一年の豊かな実りを祈るために行われる盛大な祭りである。国中で採れた物や宝飾品などを森の奥にある祭壇へと祀ることで、この地を分け与えてくれたドラゴンに感謝の意を表する場でもある。そこで毎年王家の未婚女性が祈りを捧げる事がしきたりとなっていたが、生憎王族に王女がいないことから、婚約者である私に課せられた業務となっていた。
「そろそろ開催時期なのだけれどね、その式で祈りを捧げる事ができる女性がなかなか見つからなくて」
ノーラでは経験が不足しており、この短い期間では実行が難しいと判断されたのか。祈りを捧げることは、この祭で一番大切なものとされており、決められた古い約束によりこの祭りを開催しないという選択は出来ないそうだ。
話が始まった時点で大方予想していた通りだが、その祈りを捧げる役目を私に任せたいという事なのだろう。最後まで言わなくても分かる。
殿下に声をかけられた時から、嫌な予感はしていたのだが、その予感は見事的中したわけだ。
「ミラには迷惑ばかりかけて申し訳無いと思うが、どうか力を貸して貰えないだろうか」
都合のいい時だけこうして頼ってくる殿下。そんな殿下を無碍にできないのは共に過ごしてきた時間があるからだろうか。
とはいえここで断ったしても、次に国王陛下から直々に依頼が来るだけなのだから、私に拒否権など最初から存在しない事は分かっていた。だから私の元に彼を寄越したのだろう。物事が円滑に進むように。
「……今回だけですよ。もう私はもう王家との関わりはないのですから」
「本当に助かる。このお礼は必ず行うよ」
「いえ、構いませんよ。祟りでも起きて国民全員が路頭に迷い生きていけなくなる事の方が困りますから」
「それでも、今回の事は本当に申し訳ないと思っている。だから何かできる事があれば叶えたいと思っているんだ。失望させてしまったのではないかと思ってね」
「本当にお気遣いなく。元々私には無相応なお話でしたから。殿下、もし願いを叶えてくださるというのなら、私がいつか本当に叶えてほしい願いがあったときお力をお貸し下さい。それで貸し借りはなしです」
その言葉は単に気まぐれで発しただけのものだったのだが、ほっとしたように微笑む殿下を見て、私の本当の願いを伝えたとしても同じように微笑むだろうかと考える。私の願いは、ノーラのそれとは違い、もっと暗い感情のそれだ。
あの事件の真相について尋ねても、きっとこの事については教えてくれないのは分かりきっていたけれど、それを教えてもらうことができないのであれば、今の私の願いはただ一つ。
金輪際私に関わらないでくださいと、そう言えたらどれだけ良いだろう。今はそんな願いしか思い浮かばないけれど、もしかしたら、それ以上にもっと彼に望みたい願いが今後出てくるかもしれない。
今そんな事に使ってしまうのはもったいない気がした。うんと驚かせられるような願いを叶えて貰いたい。それまではどんな願いを殿下に叶えて貰うか、悩ませてもらおう。
「ミラがお願いをしてくるなんて珍しいね。どんな願い事なのかな」
「今はまだ、としか。今の私では叶えたい願いも思いつきません。もしこれから先、どうしても叶えたいことがあったら、お伝えしたいと思います」
思えば私が彼にお願いらしいお願いをするのはこれが初めてだった。そんな私の願いを聞き入れようとしてくれるのは単に頼られて嬉しいからなのだろう。本当に何も思いつかなかったら金輪際関わらないでくださいと願おう。
自分が愛されて当然だと思っているような殿下が、私の突拍子もない願いを聞いた時、果たしてどんな反応をするのかと思うと、今からその時から楽しみになった。




