10.期待しても傷つくだけ
魔法が使えるようになった事は黙っておく事にした。厄介な事に巻き込まれたくないからだ。治癒魔法が使えるようになったノーラに比べたら、私の使える魔法はたいして役にたたないものかもしれない。それでもこの国で魔法が使える人材は貴重だ。今名乗り出たらどんな目に遭うのか。実際魔法が使える人が他に現れたら、すぐに私を見捨てるような人たちだ、また何かと面倒なことが起きるかもしれない。魔法が使えるだけで人の価値が変わるなんて、そんなことに巻き込まれるのはもううんざりだった。
せっかく使えるようになったのに使わないのはもったいない。時間の許す限り私は自室に篭り練習にあけくれた。そのお陰であの時よりもスムーズに魔法を使えるようになった。
そればかりか、火魔法や風魔法といった初級の簡単な魔法も使えるようになったのだ。あれだけ練習しても使えなかった魔法が急に使えるようになるなんて、それこそ奇跡のように思えた。やはり教えてくれた彼の腕が優れていたからなのだろうか。彼のような人がこの国にもいれば、私の魔法の腕も最初から上達できていたのかもしれないと、ありもしない未来を想像してしまった。
魔法とは案外便利なもので、水をコップに出して自分で飲んでみたり、部屋に置かれた花の水やりに活用したりと、なかなか便利である。万が一市井に放り出されても、生活する上で欠かせない部分を補うことができそうだ。室内で火を扱うのは危険なので、危険な魔法を扱う時は部屋に備え付けのシャワールームで一人試していた。魔法書の初級の魔法について、ノートに控えていたおかげでこうして練習ができている。かつての私の頑張りも無駄ではなくて、役に立つこともあり気分が晴れやかになる。けれど、もっと難しい魔法ともなれば、師や魔法書がなければ知る術がない。この家にもそういった類の書物なく、これ以上独学で学ぶのは難しい。手元にないのが悔やまれる。もっと魔法が使えるようになれば、辺境伯領でも役立てるかもしれない。まだ、今後どうなるか、彼の前で本当のことを言うことができるのかはわからないけれど。
コンコンとドアをノックする音がして、魔法を唱えるために開いていたノートをしまってから返事をする。
「ミラお嬢様、そろそろ支度をいたしましょう」
「分かりました」
今日私の部屋を訪れたのは黒髪のメイド。彼女はメイクが上手いとノーラもお気に入りのようで、夜会や茶会に出かける時はいつも彼女にあれこれ頼み込んでいるのを見たことがある。彼女が支度を手伝ってくれるのなら間違いはないと安心して身を任せられた。
今日は、殿下の紹介で、知り合ったデクスター様と会う約束をしていた。
殆どを領地ですごしているので、王都にあった屋敷は先代が手放したそうで、王都に滞在する間は王城の一室にお世話になっているという。そのため、今日は城の庭でお茶をすることとなった。
「こちらのお召し物が良いのではないでしょうか」
「ええいいと思うわ」
控えめな色合いの青いドレス。ノーラの好みとは正反対だ。そこまで沢山の服があるわけではないので、彼女のいいように選んでもらった。
服を着替える際に首元からかけられたブローチがメイドの目に止まる。
「これは……?」
「お守りなの。これは首から見えないようにさげておくから、首元のアクセサリーはいらないわ」
「かしこまりました」
一瞬ひやりとしたものの、深く首を突っ込んでくるようなことはなかったので、ほっとした。
夜会で会った不思議なあの男性からもらった艶のあるブローチは、肌身離さず持ち歩いていた。これを持っていると、何故だか安心するのだ。そんな特別な効果があるのかは不明だが、お守り代わりにしていた。
「ミラ様が縁を結ぶことになれば、王都とは離れた場所に行ってしまうのですね」
「そうね。まだ、どうなるか分からないけれど」
辺境伯は辺境の地を守るために殆どを領地で過ごす。王都に屋敷もないとなれば、王都に来ることもほとんどないだろう。正直なところ、ここでの暮らしは少しも幸せだった思い出がない。
誰も知らない人のところで心機一転新しい暮らしができるのなら、それも良いかもしれない。
もしかしたら、殿下は私を見ないで済むように、辺境の地へ押しやろうとして彼を紹介したのかもしれないと自重気味に笑った。
それから馬車に揺られて王城へと移動する。車窓から見えるこの景色を眺めているのも久しぶりに感じて、あっという間に王城へ到着した。
私が来ることは予め伝えられており、速やかに庭へと案内される。
殿下と違う相手と、こうして王城の花を眺めてお茶をすることになるとは、思いもしなかった。
「今日は私のためにここまで来てもらってありがとう」
「いえ、こちらこそ貴重なお時間をありがとうございます」
「まずはお茶をいただこうか」
用意された紅茶をいただく。王宮で用意されている茶葉はやはり美味しいとほっと一息つく。かつて殿下の婚約者として王城に上がっていたとき気に入って食べていた焼き菓子いくつか用意されていた。城に仕える使用人達が気を利かせてくれたのだろうかと、口元が綻んだ。何度食べても好きだと思う。もう食べる機会もないだろうと思っていたので、味わって食べてしまった。
「やはり、女性は甘いものが好きなんだな」
今までの様子を見られていたのだと思えばかっと頬が熱くなるのを感じる。
「申し訳ありません。私ばかり無言で食べてしまって」
「いや、構わない。私はどうもこういった甘いものが苦手でね」
デクスター様のティーカップには、砂糖ひとつ入れられておらず、そのまま飲んでいるようだった。私は無糖の紅茶も好きだが、どちらかといえばミルクや砂糖たっぷりの甘い紅茶を好んでいた。
「そうなのですね。でしたら、こちらのクッキーはどうですか?甘さが控えめで、苦手な方も食べやすいと伺ったことがあります」
私の勧めにより、デクスター様はゆっくりと口にクッキーを運び咀嚼する様子を見守る。
「本当だ、思っていたよりも甘くはないな。ありがとう」
「いえ……私は何も」
殿下とは違い寡黙で口数も少ないが、無言の時間も苦にならず、ぽつりぽつりと会話をし、ただゆったりとした時間を過ごすことができた。
「折角だから、少し庭を見て回ろうか」
「はい」
エスコートされながら庭を散策する。見慣れた庭だと思っていたが、少し来ない期間があるだけで、花は植え替えられ、前とは違う花が咲いている。季節の移ろいを感じられた。花を見て気を取られていたせいか、地面の窪みに気づかず、躓きよろめいてしまう。
「あっ……!」
ぎゅっと目を瞑ったがいつまでも衝撃はこず、逞しい腕に引き寄せられて転ばずにすんだ。抱き止められるような体制となり、そういったことに慣れていない私は慌てて身を起こした。
「すみません、ありがとうございます助かりました」
「気にするな。っそれは……まさか」
彼の視線の先にあったのは、私の胸元に下げられていたペンダントである。転びそうになったはずみに首から下げていたペンダントが飛び出してしまったようだ。
「これはーー」
はっと息を呑むのが分かる。まさか、鱗だと分かってしまったのだろうか。頂いたものだと説明するものの、デクスター様の顔はみるみるうちに険しさを増していくばかり。
「急用ができた。今日はありがとう、これにて失礼する」
それ以上何かを説明する間もなかった。別れの挨拶もそこそこに、馬車を手配すると彼は血相を変えて去っていった。
また機会があれば改めさせてほしいと手紙が届き、殿下からも申し訳ないと謝罪を受けた。それ以降デクスター様からお誘いを受けることはなくなり、彼は直ぐに王都を立ったという。そのまま関係は終焉を迎えた。




