婚約破棄は逆転の調べ ~あんな令息に拘っていたのは何故でしょう?
「エラ・シャープ子爵令嬢。オレは君との婚約を破棄することをここに宣言する!」
「そ、そんな!」
ハハッ、王立ノーブルアカデミーの期末パーティーでダリル・オファロン伯爵令息がバカを晒している。
エラ嬢のような優良物件を婚約破棄するとはな。
ダリルの動向はある程度予想できていたから、ついに始まったかって顔をしている者も多い。
教師陣も慌てやしないわ。
前もって報告が行ってたのかもな。
ノーブルアカデミーは学生の自治を重んじるということもある。
晒し者になるエラ嬢が可哀そうではあるが……。
「何故なのです!」
しかし婚約破棄劇の主演女優エラ嬢は焦ってるな。
本人は今日の喜劇を予想できていなかったのか?
ダリルとその隣の助演女優ゾーイ・ガロン男爵令嬢が余裕なのとは対照的だ。
……もっともパーティー参加者はほぼ全てエラ嬢に同情的で、ダリルとゾーイ嬢には冷ややかな視線を浴びせている。
全然信用されてないダリルのやつは、今後貴族としての生き方に支障が出ると思うぞ?
主演男優気取りのダリルが得意げに言う。
「ハハッ、何故だと? エラはそんなこともわからないのか。お前には婚約破棄に値する三つの罪がある!」
ほう? 優秀なエラ嬢に三つの罪?
何だろう?
ダリルにしては盛り上げるじゃないか。
「な、何が気に入らなかったでしょう? 直しますから!」
「もう遅い! 第一の罪は校則違反だ!」
校則違反?
意外なところから入ったぞ?
隠された悪事を暴露するということか?
品行方正なエラ嬢が校則違反って違和感があるんだが。
「生徒手帳を確認すればわかるが、『人脈は力なり。学生は大いに交友すべし』という文言がある!」
「はい。それが?」
「しかるにエラは、オレとゾーイ嬢の交友を妨げようとするではないか! アカデミーは王立だぞ! エラの行為は王の意思に背く!」
「わ、わたくしは……」
目が点になったわ。
何だそれ?
アカデミーの校則が、婚約者を持つ者の不純な交友を推奨するわけがないだろう。
常識で考えろ。
あっ、理事長の王弟殿下が固まっておられる。
奇抜な論理展開に王の権威を使うんだものなあ。
不敬罪になるんじゃないか?
「エラの第二の罪は不敬罪だ!」
おおう、不敬罪被りだ。
でもダリルがこんなに面白いやつだったと初めて知ったわ。
ただのバカじゃなかったんだな。
途轍もないバカだ。
「エラは子爵家の娘にも拘らず、伯爵家の嫡男たるオレに物申すのだ! 細かいことをグダグダと! 無礼にも程がある!」
不敬罪ってそういうことじゃないからな?
目に余る行いを諌めるのは忠臣の心得だわ。
自分の行動を見直せ。
わざわざ指摘してくれるのは、エラ嬢が婚約者でかつ親切だったからだわ。
そして矛盾があるだろう。
生徒手帳見直してみろ。
『学生に身分の貴賎なし』と書いてあるから。
ダブルスタンダードもいい加減にするべきだわ。
「第三の罪は防御力不足だ!」
は? 防御力不足?
ちょっと意味がわからない。
というか嫌な予感がする。
「エラとゾーイ嬢を比べてみれば一目瞭然! 見よ! 胸部装甲の差を!」
一瞬ゾーイ嬢のたわわな胸に目が行ったが、すぐに冷ややかな空気に気がついた。
ダリルはジョークのつもりだったんだろうけど、女性陣全員をいっぺんに敵に回したわ。
中立すらいなくなったわ。
男だって令嬢方に盾突きたくないから、もうダリルに味方するやつはいないぞ?
うわあ、御愁傷様。
「以上がお前との婚約を破棄する理由だ! 理解したか!」
「……」
エラ嬢はショックで周りが見えていないかもしれないけど、皆味方だから心配しなくていいよ。
当然僕もだ。
勝利確定のこの場面で、いざ参戦!
「ダリル、ちょっといいかな?」
◇
――――――――――エラ・シャープ子爵令嬢視点。
卑怯だと思います。
婚約破棄するしないという点になると、殿方が圧倒的に有利なのですから。
殿方にとって婚約破棄は武勇伝ですけれど、女性は傷物扱いされてしまうのですよ?
新聞で読んだことがあります。
一度婚約を破棄された女性が幸せな結婚をするケースは半分以下だと。
二割は修道院行きだと。
ああ、何故ダリル様はわたくしを不幸に陥れようとするのでしょうか?
目の前が真っ暗になります。
「ダリル、ちょっといいかな?」
ええと、アレクシス様? カールトン伯爵家の?
わたくしを哀れんで加勢していただけるのでしょうか?
御奇特なことです。
とても嬉しいです。
「何だ、アレクシス」
「婚約は一種の契約だぞ? 一方の当事者エラ嬢は承知していないようだが、いいのか? そんなことで」
「ふん。当家は伯爵家。エラの家は子爵家。それが全てだ」
身分が上なら一方的に婚約破棄していいというものではないと思いますが……。
「御父君の伯爵は承知しているんだろうな?」
あっ? ダリル様が動揺していますね。
まさか伯爵様には無断で?
いえ、もし常識人の伯爵様の意向でしたら、穏便に話し合って婚約を解消ということになったはずですよね。
わたくしもパニックで冷静な判断ができていませんでした。
となるとやはりダリル様の独断でしょう。
ダリル様のお隣のゾーイ様も不安そうです。
「ふ、ふん。アレクシスに言われるまでもない。大体君に何の関係があるんだ。余計なお世話だろうが! 首を突っ込んでくるな!」
「では、僕がエラ嬢の次の婚約者に立候補しようじゃないか。もちろん君とエラ嬢の婚約が正式に失われたことを確認し次第だけどね」
アレクシス様、よろしいのですか?
あっ、皆様が拍手してくださいます。
アレクシス様の紳士的な精神が評価を得ているのですね。
「エラ嬢、いいかな?」
「は、はい」
「これで僕も関係者だ。文句は言わせない」
「ふん、物好きなやつめ」
「僕が物好きかどうかなんてのは、君の行いの是非には関係がないのだがね」
「オレの行いの是非? どういうことだ?」
「伯爵の承認を得ているかはひとまず置こうか。君がエラ嬢の非を一方的に糾弾したことについて。理解を得られると思っているのか?」
「理解も何も、オレはごく常識的なことしか言ってないだろう!」
「そうかい? 君は主人公であることに酔っていて気付いていないようだが、周りを見渡してみなよ。非好意的な視線が集中しているのを理解しているかい?」
……本当です。
攻撃されているわたくしが注目されているのかと思いましたら、そんなことなかったです。
皆様ありがとうございます。
「くっ……アレクシスこそエラなんかに肩入れしてどういうつもりだ! オレの婚約者に下心でもあったのか。ゲスなやつめ!」
「呆れた物言いだね。ダリルの心が既にエラ嬢から離れてたことなんか、皆知ってたと思うがね。婚約解消が時間の問題だと思ってた者も多いだろう」
そうなのですか?
頷いている方が多いじゃないですか。
わたくしは関係を修復しようと努力していたつもりですのに。
「しかし誓って他人の婚約者と必要以上に関わったことはない。今日が初めてだ。僕は誰かさんと違って不実ではないんだ」
「オレのことを不実だと!」
「おや、心当たりがあるのかい? ダリルと決めつけた覚えはないが」
「くっ……」
悔しそうなダリル様。
アレクシス様ヒーロー!
「それからダリルがどう思っているかは知らないが、一般の認識としてエラ嬢の評価は高いだろう?」
「どうして!」
「成績がいいし、友人だって多いじゃないか。慈善活動に熱心だということも知っている。僕は孤児院を訪問した時に、エラ嬢を見たことがあるよ。どういうわけか、婚約者のはずの君はいなかったが」
ダリル様は自己中心的です。
慈善活動には全く興味ないですからね。
「偽善じゃないか!」
「偽善と見るか慈善と見るかは君の主観だ。僕が口を出す筋合いはない。が、貴族には必要な振舞いだと思うがね。事実君の言う偽善がなくなれば、孤児院の子供達は冬を越せないんだ」
「か、かもしれないが……」
「ああ、いや、慈善活動を掘り下げるつもりはなかったんだ。そうした貴族らしい品のある行いをしていたエラ嬢が婚約者であることは、ダリルにとってプラスになっていたんじゃないかと言いたかった」
これも頷いていらっしゃる方が多いです。
結構見られているものなのですね。
我が身を正さねばならないです。
「だからどうした。ゾーイ嬢がオレに相応しくないと言いたのか?」
「ゾーイ嬢云々のことは言ってない。ゾーイ嬢が君の婚約者であったという実績がないんだから」
「む? それもそうか」
「しかし君が簡単に婚約破棄などと言い出すところをみると、オファロン伯爵家では特に婚約絡みの思惑がなかったのだな?」
「……」
「まあダリルにとってもエラ嬢にとっても、しがらみのないことはよかったな」
ダリル様が小刻みに震えています。
うちシャープ子爵家が援助して、オファロン伯爵家で観光農園事業を起こす計画でしたよね?
婚約が御破算になってまで資金援助することはないと思いますが……。
ゾーイ様の御実家ガロン男爵家は叙爵されて間がないですから、他所に援助する余裕はないんじゃないですか?
ダリル様もゾーイ様も、とっても不安そうな顔になってきましたよ。
「それよりも慰謝料はどうするんだ?」
「慰謝料? エラに罪があるから婚約を破棄したんだ。慰謝料なんか払うわけがないだろう!」
「ダリルの言い分はわかった。が、その言い分が通用しないから、君が白い目で見られているんだとは考えないのか?」
「い、いや、しかし……」
「ハッキリ言って話にならんよ。エラ嬢に非があると考えている者は、この会場に一人もいないと思うよ」
ああ、皆さんが拍手してくださいます。
ありがとうございます。
勇気が出ますね。
対照的にダリル様がキョロキョロし始めました。
わたくしを縋るような目で見たってダメですよ。
婚約破棄された側に、何もできるわけないではないですか。
「まあ慰謝料なんてのは金で解決できることだ」
「お、おう、そうだな」
「ところでダリル。君卒業できるのか?」
「は? どういう意味だ?」
「君の成績は大体把握している。婚約者でもないエラ嬢が君に助力する謂れはない。宿題やレポートを見せてもらわなくて、単位を取得できるのかと聞いている」
あっ、ダリル様の顔が土気色になりました。
勉強嫌いですものね。
いつもわたくしのノートを写すばかりで。
……考えてみれば、わたくしはダリル様に寄生されてばかりだったような気がします。
どうして婚約破棄されて慌ててしまったのでしょうね?
いえ、自分が傷物となってしまうことが避けられなかったからですか。
でも状況が変わりました。
わたくしのピンチにすぐさま新しい婚約者に立候補してくださったアレクシス様がいるからです。
しかも弁が立ちます。
素敵な方ですねえ。
「な、何とかなるさ」
「一番問題なのは、選択科目古代エノク語だ」
「あ……」
古代エノク語は、魔法を綴った古語に近いとされるすごく難解な言語です。
一つの単語が一〇〇以上に活用変化したりします。
一時期魔法にかぶれていたダリル様に、一緒に取ろうと誘われたのですが。
ダリル様すぐ挫折しましたよ。
文字すら全部覚えてないんじゃないですかね?
「あれ選択してるの君とエラ嬢だけだろう? 君だけで単位取れるのかい?」
「こ、婚約破棄は撤回する!」
えっ、撤回?
思ってもみなかった展開になりました。
会場がどよめいています。
アレクシス様すごい。
でもゾーイ様が信じられないものを見るような目でダリル様を見ていますよ。
いいのですかね?
「オレが間違っていた! だからオレを助けてくれ」
ああ、とても哀れですね。
でもこれだけの大事にしておいて、婚約破棄がなくなるなんてあり得ないではないですか。
いえ、ダリル様なら、宣言した側が撤回するなら構わないだろうと言いそうです。
巻き込まれたわたくしの方が許せない場面なのですよ。
ここは覚悟を決めて……。
アレクシス様と目が合います。
アレクシス様、感謝いたします。
「はい、婚約破棄撤回を受け入れます」
「おお! さすがエラ!」
「ええっ? ダリル様ひどいではないですか!」
「うるさい、黙ってろ! まったくゾーイ嬢は気が利かないな。それに引き換えエラは機微というものを理解しているではないか。見直したぞ!」
「改めてわたくしの方からダリル様との婚約を破棄させていただきます!」
「え?」
割れんばかりの大歓声でした。
◇
――――――――――後日。
「生徒に自分達だけで解決するという経験をさせるという意味があるようだね」
「そうなのですね?」
「ああ。だから暴力沙汰にでもならない限り、アカデミーの教師は出張ってこないと聞いた」
今日はアレクシス様とお茶会です。
共同事業の件がありましたので少々揉めはいたしましたが、結局ダリル様との婚約は解消となりました。
パーティーであれだけの騒ぎになってしまったので当然ですけれども。
すぐにアレクシス様との婚約が成立、両親も喜んでおります。
何でも以前の婚約はオファロン伯爵家から持ち込まれ、乗り気ではなかったものの格上からの話であるから断れないという側面があったそうで。
うちシャープ子爵のお金目当てだったのでしょうね。
共同事業を考えるならアレクシス様のカールトン伯爵家の方が地理的条件がよく、相乗効果を期待しやすいのですって。
「でも最終的にアレクシス様の婚約者になれて嬉しいです」
「光栄だね。まあ僕が最も動き出しが早かったから」
「どういうことです?」
「エラが可愛く賢い令嬢だということは、皆が知っているということさ。仮に先日のパーティーの時、君がダリルに婚約破棄されたままだったとしたら、すぐにいくつか婚約の申し入れがあったはずだよ」
「そうなのですね?」
「間違いないね。もっとも婚約者のいる令嬢に色目を使う、けしからん令息はいないだろうから、気付かなくても仕方ないけど」
評価されているということは嬉しいです。
アレクシス様と話していると安心感がありますねえ。
「でも怖かったのです。婚約破棄されると幸せになれないという新聞記事も読んだことがありますので」
「ある意味当たり前だけどね」
「そうですか?」
「まあ。だって令息側が婚約を破棄するってことは、普通は令嬢側に大きな問題がある場合なんだから」
アレクシス様の仰る通りですね。
わたくしが特殊なケースでしたか。
「……本当に嬉しかったのです。アレクシス様に助けに入っていただいて」
「心配することはない。僕がついている」
「アレクシス様……」
「ってのは格好いいセリフかなあ?」
うふふ。
アレクシス様はお喋りが上手ですね。
とても楽しいです。
「エラ」
「何でしょう?」
「僕も婚約者と二人きりなんてのは初めてだからさ。今日は緊張しちゃって」
「全然緊張しているようには見えないですけど」
「本当さ。ほら」
あ、手が震えていらっしゃいますね。
アレクシス様の手をわたくしの手でぎゅっとします。
「……ありがとう。でも恥ずかしいね」
「うふふ」
急なことではありました。
一ヶ月前にはアレクシス様が婚約者になるなんて、全然考えていないことでありましたし。
「ゆっくりでいいかな」
「はい。よろしくお願いいたします」
アレクシス様がいざという時頼りになる方だということはわかっているのですから。
ゆっくりのんびり距離を縮めていけばいいと思います。
それがきっと、わたくし達の歩んでいくスピードなのでしょう。
ダリルが今どうしているかですか?
伯爵にメッチャ叱られてゾーイ嬢にも振られて鬱状態一歩手前ですよ。
頑張れダリル。
落第はすぐそこだ!
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