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この子に卵を食べさせたい!転生令嬢、商いを始めます

 朝靄の残る中庭で、リリスは一人、帳簿とにらめっこをしていた。

 昨日の夕食——わずかな卵を家族にふるまったあの時間が、彼女にとって何よりの原動力になっていた。


(もう一度……いや、何度でも、あんな食卓を囲みたい)


 そのためには、もっと収入を得なければならない。卵を買い、食材をそろえ、皆で笑って食事をする——そんな日常を継続できるだけの経済力を。


「アイシャ、昨日の売り上げの詳細、持ってきてもらえる?」


「はい、こちらになります、お嬢様」


 リリスの呼びかけに、アイシャが小走りに駆け寄る。

 黒髪の侍女は、丁寧に紙束を差し出す。その所作はどこまでも慎ましく、だが目には確かな誇りが宿っていた。


「ありがとうございます。……ふむ、三種の保存菓子、合計で銀貨二枚と小銅貨十枚か。仕入れに使った分を引いて……利益は銀貨一枚分ってところね」


 リリスは顎に指を添え、うーんと唸る。


「どう思う? アイシャ」


「正直に申し上げれば、初回にしては上出来かと。ですが、このままでは再仕入れのたびに赤字ギリギリの商いとなるでしょう」


「だよね。単価は安いし、日持ちはするけど原価率が高い……次は、もっと保存性があって、仕入れに工夫が利くものを」


 その時、記憶の奥底に一つの光景が蘇った。


(……そういえば、前の世界では節約のために、夜中にスーパーの割引品を狙って何時間も歩いたな。寒空の中、誰もいない道を歩きながら“どうして私だけ”って思ったっけ……)


 前世の自分はブラック企業に勤めていた。

 毎日の残業、休日出勤、食事はインスタント。栄養も偏り、唯一の贅沢が月に一度、近所のカフェで食べる“エッグベネディクト”だった。

 それがどれだけ心を救ってくれたか。


(だからこそ、私はこの世界で……みんなに、美味しい卵料理を食べてもらいたい)


 その一心で、商売に身を投じていたのかもしれない。


「お姉ちゃんーっ!」


 ルーファスの元気な声が、中庭に響いた。

 彼の後ろには、付き人ライナスの姿。どうやら二人で朝の見回りをしていたようだ。


「おはよう、ルーファス。今日は早いのね」


「うん! ボクね、今日のおやつにリナさんがくれた、カリカリのお菓子、パンの耳なんだって!」


 その言葉に、リリスは目を細めて微笑んだ。


「そう、昨日の余り物でリナが作ってくれたのよ。おいしかった?」


「うん! ボク、パンの耳って苦手だったけど、お姉ちゃんが作ったお菓子や今日リナさんが作ってくれたのはカリカリで甘くて……すっごく好き!」


(そうよね、前はかたくてあまり食べなかったけど、リナが工夫してくれたから)


 リリスは思い返す。昨日、残ったパンの耳を無駄にしたくないとリナが即席で作ったあのお菓子。それを街で販売したところ、意外と好評だったのだ。


(それなら、もう少し本格的に売り出してみてもいいかも)


 数時間後——


 屋敷の裏庭に、小さな試食会のような場が設けられていた。

 アイシャとメイベルが机を運び出し、布をかけ、リナが調理したラスク風パンを盛りつける。

 香ばしい香りに誘われて、リリスだけでなくクラウスやリシア、さらにはリナ本人やライナスまでもが集まっていた。


「……これは?」


 クラウスが、皿を前にして問いかける。


「パンの耳を乾燥させて焼いたものです。リナが以前、余り物を工夫してくれたのが好評だったので、今度は味を変えて再調整したんです」


 リリスは笑顔で答える。


 器用にナイフで一口分に切ってフォークで口に運んだクラウスの眉が、ふっと緩む。


「……うむ、香ばしい。歯応えがあって、腹持ちもしそうだ」


「少し砂糖をまぶしてありますが、甘すぎず、軽食にもなります」


 リシアもまた、優しい笑みを浮かべていた。


「子どもたちが好きそうな味ね。これなら、小銅貨一枚くらいなら出しても惜しくないわ」


 リリスは拳を握る。


(いける……これなら、もっと広められるかもしれない!)


「アイシャ、今夜、私たちだけで販売の計画を立てましょう」


「はい、喜んで」


 その夜、リリスとアイシャは屋敷の書庫にこもり、月灯りのもとで作戦を練った。本当はランプがあった方がいいのだが油だって節約しないといけない。


家族に誰か生活魔法に目覚めた人がいれば…もしくは自分が目覚めれば…そう思ったリリスである。


 どこで、どの時間帯に売れば人通りが多いか。

 誰をターゲットにするか。

 味付けのバリエーションと価格設定。


 リリスは前世でブラック企業に勤めながらも、SNSやバイトで得た“地道に売る”知識を振り返り、アイシャに説明した。


「ポイントは“見栄え”と“試食”よ。味には自信があるんだから、試してもらうチャンスを逃さない」


「かしこまりました。……それから、もしよろしければ、変装についても考えておきました」


 アイシャが取り出したのは、地味な布のフード付きマントだった。


「これをお召しになれば、お嬢様が子爵家の令嬢とは分かりません」


「ありがとう、アイシャ。でも……これ、あなたが着たら逆に目立ちそうよ?」


「お嬢様、申し訳ありません。それは否定できません」


 二人は笑い合った。


 かくして、リリスは次なる挑戦へと動き出す。


 目的はただ一つ——

 家族と、大切な人たちと、いつか心から満たされる食卓を囲むために。

 そして、幼い弟に心ゆくまで卵料理を食べさせてあげるために。

なんとなしに書いてますが年なんでどこかで矛盾とかあったらこっそり教えてください

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