節約は希望の味!乾パンラスクというプチ革命
翌朝、屋敷に差し込む光は弱く、曇天の空は今日も冷たかった。
リリスはキッチンの前に立っていた。体調はほぼ回復し、昨日話し合った家の現状を改めて思い返しながら、何ができるかを考えていた。
(まずは……できることからだよね)
使用人の一人、リナがいつものように台所で残り物を整理していた。
「おはよう、リナさん」
「おはようございます、お嬢様。もうお身体は大丈夫で?」
「うん、もう平気。それより……これって、パン耳?」
リリスが指差したのは、木箱にまとめて置かれていたパンの端っこだった。まだ食べられるものの、乾燥して固くなっており、いつもなら使用人の食事に回されるか、最悪の場合は家畜の餌にされる程度の代物だった。
「はい。パンを切り揃えたときに余った部分です。柔らかくないので、ルーファス様には不向きかと……」
リリスはパン耳をひとつ手に取り、じっと見つめた。
(前世でよくやった、ラスク風の乾パン……材料も最低限で済むし、保存も利く)
オーブンのような精密な道具はないが、薪窯を使えばある程度は再現できるはずだ。
「リナさん、このパン耳、ちょっとだけもらっていい?」
「もちろんです。……なにか、考えが?」
「うん。ちょっと、試してみたいことがあるの」
そう言って、リリスはアイシャを呼びに行き、一緒に作業を始めた。
乾燥させたパン耳を薄く切り、少量の油を塗って軽く焼く。最後に、手持ちの蜂蜜をほんのわずか塗って甘みを加えると、香ばしい香りが台所に広がった。
「……おいしそう」
「ちょっとだけだけど、試食してみて」
試作品をアイシャとルーファスに手渡すと、二人は顔を見合わせて口に運んだ。
「……おいしい!」
「これ、パンだったの? ボク、これ好き!」
弟のきらきらした瞳と笑顔に、リリスは満足げに頷いた。
「これなら余ったパン耳を捨てずに済むし、お菓子代わりにもなる。しかも保存が利く」
アイシャが感心したように言葉をこぼす。
「すごいですね、お嬢様…」
「うん、ちょっとだけね。たまたま思い付いたの。」
この世界では“乾燥保存”の技術はあまり一般的ではなく、乾パンのように水分を飛ばして保存期間を伸ばす手法は珍しかった。
しかも、この「ラスク風乾パン」は、香ばしさとほんのりとした甘さで子どもにも人気が出る可能性がある。
「ねえ、リナさん。これ、もう少し作って、今度の市の日に売ってみない?」
「売る……ですか?」
「うん。この前、お母さまが保存食の話をしてたでしょ? 保存できておいしいって、きっと価値があると思うの」
リナは驚いたような表情を浮かべたが、すぐに口元をほころばせた。
「お嬢様……なんだか、昔の私に似ていますね」
「えっ?」
リナは少しだけ間を置いてから、試作品の乾パンを一つつまんで口に入れた。
「……うん、やっぱり懐かしい味。なんだか……前にも、こんなのを食べたことがあった気がします」
「前にも……? 前世ってこと?」
リナは、ハッとしたように口を押さえ、そしてぎこちなく笑った。
「い、いえ。気のせいです、たぶん。似たような料理があっただけかもしれません」
その様子に、リリスは訝しげに見つめたが、それ以上は突っ込まなかった。
(……まさかとは思うけど、リナさんも?)
前世の知識と、今の知恵。どちらも無駄にはならない。
リリスは、確かな手応えを胸に、小さく頷いた。
前世知識の一端を活かし、リリスは初めて“売る”という一歩を踏み出そうとしていた。
それはささやかで、ひとつまみのパン耳から始まった小さな革命だった。
リリスの“節約無双”の幕が、ついに市場へと広がろうとしていた。