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異世界なんて、嘘みたいで、本当で。

昼下がり、屋敷の中庭に面した小さなテラス。

そこには、リリスとアイシャのために用意された手作りのティーセットが並んでいた。


「本当に……今日はいい天気ね」


リリスは、窓辺から持ってきたラベンダーの小枝をカップの縁に添える。ミルクと蜂蜜を加えた、やさしい甘さのハーブミルクティー。どこかほっとする香りが、風にのって広がっていく。


「アイシャ、いつもありがとう。今日はこうして一緒にお茶できて、うれしい」


「いえ、こちらこそ。お嬢様とこうして静かな時間を過ごせるのは……私の方が、ずっと嬉しいです」


微笑みを交わす二人。忙しい市場の日々の中では、なかなか取れなかったゆとりの時間だった。


リリスはそっと湯気を見つめ、決意をしながら、ぽつりと呟いた。


「ねえ、アイシャ……ちょっとだけ、聞いてほしい話があるの」


アイシャが手を止め、まっすぐにリリスを見る。


「はい。なんなりと、お嬢様」


「……実はね、あの時、私が熱を出して寝込んでた時、私……前世のこと、はっきり思い出したの」


「……前世?」


「うん。この世界に来る前、私は別の世界で生きていたの。すごく息苦しくて、報われない日々だった。会社というこっちで言う商会みたいな場所で働いて、努力しても怒られて、誰にも感謝されなくて……」


リリスの声はかすかに震えていたが、やがて静かに落ち着きを取り戻す。


「でもね。そんな過去があったからこそ、今は違う。こうして毎日誰かのために料理を作って、ありがとうって言ってもらえて……アイシャと一緒に笑い合えることが、本当に嬉しいの」


そして、ふっと微笑んだ。


「こうして一緒にお茶を飲めてる時間だけでも、私にとってはすごく特別なの。あの頃じゃ、考えられなかったから……だから、ありがとう、アイシャ」


その言葉に、アイシャの表情が揺れる。


「お嬢様……」


「私はね、あなたのことを信じてるの。だから、これを話そうって思ったの。もし……この先も一緒に歩いていけるなら、もっといろんなことを話したいし、たくさんの景色を一緒に見たいの」


アイシャはそっと手を差し出して、リリスの手に重ねる。


「わかっています。お嬢様の雰囲気が、あの日から少しだけ変わっていたこと。きっと何かを乗り越えたんだろうって……でも、問いただすのは、リリスお嬢様が話してくれる日を待とうって、そう決めていました」


アイシャの手の温もりが、そっとリリスの指先を包み込む。

いつも凛とした姿で支えてくれている彼女が、今はほんの少しだけ、優しい眼差しでリリスを見つめていた。


「お嬢様が、そんな思いを抱えていたなんて……でも、私に話してくださって、本当に嬉しいです」


リリスは静かにうなずいた。けれど、心の奥底ではまだ、わずかな揺れが残っている。


「……ねえ、アイシャ。わたしね、前の世界では……誰も信じられなかったの。信じようとして、裏切られて、頑張っても怒られて、利用されて、――でも誰にも本当の自分なんて必要とされてなかった」


声が、かすかに震えた。


「仕事では、チームのために遅くまで残って、誰かが困ってたら助けようとして、それでも“結果が足りない”って切り捨てられたの。“女のくせに情けない”なんて言われたこともある」


リリスの瞳に、ほんのりと水面のような光が浮かぶ。


「そんなふうに過ごすうちに、もう何も信じられなくなって、誰かと向き合うのが怖くなって……心が壊れかけてた。でもね」


そっと、アイシャの手を握り返した。


「この世界に来て、アイシャに出会って、支えてもらって、いつの間にか“誰かのために頑張ろう”って気持ちを取り戻せたの。だから……伝えたかったの。アイシャになら、ちゃんとわたしのこと、話せるって思ったの」


アイシャの瞳が静かに潤む。けれど、それは悲しみではなく、リリスの心に応えるような深い慈しみの色だった。


「……私、気づいていました。お嬢様の雰囲気が、あの日から少し変わっていたこと。まるで、ずっと張っていた糸がふっと緩んだような、そんな……でも、少しだけ遠くを見ているような、そんな目をしていたから」


「やっぱり、わかってたんだね」


リリスは、ちょっとだけはにかむように笑った。


「ええ。でも、私には待つしかできませんでした。お嬢様が、きっといつか話してくださるって、信じていましたから」


アイシャはそっと手を重ねたまま、穏やかな声で続ける。


「私は、“ラヴェンダー家の侍女”ではありません。“リリス・ラヴェンダー様の侍女”です。お嬢様がどんな過去を持っていようと、どんな未来を選ぼうと、私はお嬢様のそばにいることを、誇りに思っています」


言葉のひとつひとつが、胸に染み込んでくる。


「アイシャ……本当に、ありがとう」


そのとき、テーブルに並んだカップから、ほのかなラベンダーの香りが風に乗って流れた。

午後の柔らかな日差しが二人を包み、どこか遠い過去の痛みすらも、少しずつ癒していくようだった。

GLの相手候補はきっとまだ出ますがアイシャちゃんのリードは大きいですね…本人たちがそういう気持ちかは置いておいて

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