頑張れないから
シロが最初に向かったのは、青チームの陣地。
それに動揺し逃げ惑う青チームの一同。
そうやって逃げている最中、髪が薄くなっている四番の男が盛大に転んだ。
「靴紐が……」
涙目になりながら、こけた理由を声に出している彼。
しかしそんなことは関係なく、シロは遊び相手を見つけたと尻尾を振りながら、彼に狙いを定めた。
「俺は悪くねえよ。なんで俺からなんだよ。靴紐ほどけてんのも意味わかんねえし」
自分の結末の予想がついてしまった彼は、首を振りながら言い訳を続ける。
「俺のせいじゃねえ!! 俺は悪くねえ。だから……だから……」
彼の積み上げてきた人生と何も変わらない。
彼は人に対して、自分に対して、聞いてもいない言い訳を並べてきた。
そうやって自分を正当化し、見るべき現実と反省すべき事柄から逃げてきた。ずっと。ずっと。
「俺は、悪くなんて、ないのに」
「お手♪♪」
誰にしているのか、なんのためにしているのか。
言い訳だらけの人生は、言い訳などではどうしようもない現実によって踏みつぶされた。
***
「青からか……っておいおっさん。立たないのか?」
緊張感を持ちながらシロの動向を見守る和樹。
そうして敵チームを追い回すシロに恐怖していると、それでも動こうとしない鉄平の方をみた。
相変わらず体育座りでぼーっと一点を見つめている彼。
状況が分かっていないのか。
そんな鉄平に和樹は話しかけると、鉄平は力ない瞳で和樹の方を見る。
そうして弱々しい声で和樹の問に答え始めた。
「ダメなときはダメなんだよ。俺はもう……あきらめてる」
「ッつ!? 何言ってんだよ」
鉄平の答えに驚く和樹。
そんな和樹に畳みかけるように、鉄平は話を続けた。
「このゲームが、負けたら死ぬって聞いて、権蔵とかいう人が潰されている姿を見て、最初に感じたのは、納得だった」
納得――この状況にそぐわないはずの言葉。
その言葉はこのゲームの全てを受け入れなければ出ないはずなのに。
「分かってたんだよ。いつかは頑張らなきゃいけないってことくらい。でも、ずるずる日常を積み重ねて、今日という日を迎えた。今までの堕落の清算がこれっていうなら、納得だよ」
なのにどうしてだろう。
彼の話を否定できないどころか、聞き入ってしまうのは。
「小学校の時、俺さ。先生とか親にもう少し頑張れないのかって言われたんだ。だから俺は頑張った。必死に勉強して、運動して」
鉄平は過去についても話始めた。
「そして言われたんだ。お前はなんで頑張れないんだ、って」
彼は自分を嘲りながら過去を振り返る。
彼の力ない瞳は今までもがいてきた末の諦めの境地なのか。
今更絶望している自分とは違う。
もう彼は人生に絶望しきっていた。
「俺の頑張りって奴は、他の人から見たら頑張りって認識されないほど微細なものらしい」
それが、彼が頑張れない理由。
昔押された、頑張れないという烙印に呪われ、付きまとわれ続けている。
頑張っているのに報われないを通り越した、頑張っているとすら思ってもらえない地獄。
そして彼はそれを抱えたまま、何十年も沈んできた。
「――頑張れよ。そんなこと言わずに。今日だけでも……」
それでも、彼を見捨てることが出来ない和樹は搾りだすように言葉を出した。
それがあまりにも弱くて、無責任な言葉なのかは分かっている。
それでも、和樹はそんな諦めがつかなくて。
和樹は人が嘲笑われて死ぬゲームなんかに、納得できないから。
「なあ、今を全力で頑張る若者よ。俺は君に問いたい」
そんな和樹に、死んでいる魚の目よりも光のない瞳で鉄平は一言。
「頑張るって……なんだ?」
それは、彼が三十余年を掛けても解けなかった人生の命題。
その瞳を見て、その言葉を聞いて。安直に答えられないと感じた和樹は、もう黙ることしかできなかった。
「時間だ。君は……頑張れよ」
和樹が走り出したとき、シロはもう、ターゲットを決めていた。
そうやって鉄平の前にたつと、嬉しそうに前足を差し出し――。
「お手♪♪」
二トンもの重みに潰され、鉄平の人生は幕を閉じた。
そんな鉄平の末路を見て、和樹は、なぜかほっとしたように息を吐いた。
本人すら分かっていないその真意を、気に入らなそうに一人の化け物が見ていた。
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後感想も。