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犬の散歩

 五分のカウントダウンが始まる。

 またも話し合いタイム。


 二度目の生贄選択が始まろうとしていた。


「私は嫌だ!! 私以外の誰かにして!」


 まず最初に大声を挙げたのは幸子だった。

 彼女はその円から遠ざかるように動くと、チームメイトを指さし怒鳴る。


 鉄平は相変わらず、動かず、しゃべらず。

 梨乃も和樹も当然入りたいなんて思わずに、結果話し合いは平行線になった。

 

 つくづく意地の悪いゲームだ。

 チーム内の分断を目的としたゲーム。

ルールをあえて伏せていたのも、何ならチーム戦なのも、それを観客が見て楽しみたいから。

おそらくこの剣も、チームの押し付け合いを過激化させるためにあるのだろう。


殺人が反則行為なのは、まだ救いなのか。それともこの地獄を長引かせるルールなのか。

何にせよ、話し合いで答えが出るはずのない要求を提示され、和樹たちの心身はもう疲弊しきっていた。


「何されるかは……まだきまったわけじゃ」


「じゃああんたが行きなさいよ!!」


 あくまで、話し合いで解決しようとしている梨乃の一言に激怒した幸子が、彼女を思いっきり突き飛ばした。

 

 梨乃は数メートル突き飛ばされ、その先にあるのは――。


「赤チーム、決定しました。続いて青チーム」


「――へ? ッあ。やだ」


  

 緑色の円に入ってしまった梨乃。

 彼女は和樹の方を見ると、涙目になりながら震えだした。

 

 ただ、和樹にも思うところがあって――どうして彼女は、あんな場所に立っていたのか。


あんな、ちょっとした弾みで足が滑り込みそうなギリギリの位置なんて、普通は選ばない。

 現に、幸子に突き飛ばされたその“ちょっとした弾み”で、彼女は円の中に入ってしまった。

 それだけじゃない。


 ――最後の、あの半歩。


 あれは本当に、押された結果だったのか?

 自分から、歩み込んだようにも見えた。いや、たぶん、見間違いじゃない。

 彼女に向けた疑念が増すたびに、和樹の中に、あの“最初の違和感”がよみがえってくる。


 ――目が合っているのに、合っていない。


 そんな、何かがずれているような感覚が、また、確かにそこにあった。


  ***


「いやな予感しかしねえな。よし!! お前行け」


 青チーム。

 レイもその文言に嫌な予感がし、すぐさま五番の女を指名した。

 年齢は三十代前半ほどだろうか。

 つり目で細すぎる女だ。彼女は目を泳がせながら挙動不審になると、レイに講義を始める。


「いや、でも、私ばっか損してない? っていうかさ、まだ何されるか分かんないんだし……ほら、もっと運とか体力ある人のほうが……適任じゃない?」


 五番の女は、目を泳がせながら身をくねらせて、レイに言い訳を並べ始めた。


「だって私、そういうの向いてないっていうか……やったことないし、なんか、ほら、私が行ったら逆にチームに迷惑かかるっていうか……」


「? 何が嫌なんだ?」


 レイが首をかしげて問い返す。女は一瞬たじろいだが、なおも口を動かす。


「だって、何をされるか分からないから……ほら、私じゃなくても……」


「事象も、現象も、物事も、人間も。世界の全ては俺に観測されることで存在できる。死のうが生きようが、存在を許されたお前が、他に何を望む?」


「……は?」


 女は絶句した。異様な主張と、場の空気に言葉を失い、動けなくなる。

 そして、レイが剣に手をかけた、その瞬間――逃れられないと悟った彼女は、自分から一歩、円の中に足を踏み入れた。


「さあ、両チーム出揃ったところで、ミニゲーム『犬の散歩』について説明します!」


 明るすぎる司会の声が空間に響く。場違いなテンションが、かえって恐怖を煽った。



  ***



「シロは人懐っこく無邪気なので、皆さんと遊びたくて仕方ありません」


 嫌な予感しかしない。

 今から始まるゲームは、どれほどの地獄なのか。和樹は本能的に身を強張らせる。


「これから二分間、皆さんにシロはお手をしにまわります」


 予感は的中した。

 このラウンドは骨の有無は関係ない。フィールド内をシロが縦横無尽に駆け回り、ただひたすら逃げるしかない。


「参考までに、シロのお手には二トンの重量がかかります。もしそれが過剰だと感じる方は、逃げることを強くおすすめします」


 “参考までに”などという軽さが腹立たしい。

 二トン。それは人間が耐えられるような力じゃない。殺す気しかない。


「そして、皆さんで選んでいただいた一人の処遇ですが――」


 和樹は固唾をのんだ。

 犠牲を押し付けた、その人間の命運が告げられる。


「残念! そこはシロにとって不可侵領域。『犬の散歩』には参加できません!」

 

言葉とは裏腹に、まるで当たりくじのような通達。

 あそこにいた人間は運が良かったのだ。


 すなわち――この地獄に参加しなくていいのだから。


 それを聞いた瞬間、幸子はくやしそうに地団駄を踏み、睨みつけたのは梨乃だった。

 つられて、和樹も梨乃に目を向けた。

 そこで、またひとつ、違和感を覚える。


 先ほどまで小刻みに震えていた梨乃の体が、その言葉を聞いた瞬間、まるでスイッチを切ったかのように――ピタリと、震えを止めたのだ。


 不思議ではない。安全が保障されれば、震えも収まるだろう。

 だが、あまりにも唐突で、反応が“機械的”にすら見えた。

 和樹の胸に、冷たいざらつきが残る。


「これから六、九ラウンドに行われる『犬の散歩』ですが、この処置は三人以上残っているチームにのみ適応されます」


 そして、これからのルール。

 つまり、この時点から少なくとも二人は死ぬ設計ということだ。

 それがルールから無言の圧力として伝わってくる。

 やはり、このゲームは、狂っている。


「じゃれ合いでうっかり潰されないように、ご注意を。それでは『犬の散歩』スタートです!!」


 そうして三ラウンド目。

 二分間の地獄が始まった。




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