打開策
和樹が立候補した時、意外にも彼に向けられた感情は安堵ではなく、疑念や不信だった。
こいつは何を企んでいるのかと、そんな目で和樹を見ていた。
別に何も企んではいない。
ただ、このゲームは十ラウンドまである。
まだ二ラウンド目。それを乗り切るために必要なことは、誰かに押し付けることではなく先攻でも生き残れる策だ。
和樹は考えていた。
一つの違和感――いや、疑問に、囚われていた。
――なんで俺たちは……詰んでいないのだろう。
最初に動いた権蔵が潰されたとき、シロは直径二、三メートルの穴を掘った。
つまりこれは、骨を中心にシロがその大きさの穴を掘るということ。
骨を持った瞬間にシロが起動するのならば、和樹たちの骨入れ事潰されているはず。
――それはつまり、「骨入れの周囲にはシロが掘削しない安全地帯がある」という仕様なのではないか。
実際に骨入れの目の前に立ってみると、はっきり分かる。
権蔵が潰された場所と、彼が最初に立っていた骨入れの位置には、明確な距離があるのだ。
つまり――。
骨入れのすぐそばは、シロの攻撃が届かない“安全地帯”になっている可能性がある。
権蔵はその安全地帯から一歩踏み出し、そこから数メートル進んだ時点で潰された。
シロが起動してから掘り始めるまでの“反応の遅れ”と、権蔵がその間に歩いた距離が重なった結果だ。
目の前の事実を、順に並べていく。
仮説としては、粗い。証拠もない。
それでも、黙って誰かに押しつけて死なせるよりは、マシだと思えた。
「……残り、二分」
自分に言い聞かせるように、声を出す。
冷や汗が背中をつたう。
喉が渇く。
肺はうまく酸素を取り込めず、胸の奥で心臓が暴れ回る。
――逃げたい。
本当は、今すぐ。何もかも投げ出して、ここから消えてしまいたい。けれど。それでも。
「……やるしか、ねぇだろ」
そう言って、和樹は深く息を吸った。 震える手を、骨へと伸ばす。
それに触れた瞬間――世界の音が、消えた。
空気が張り詰め、シロの目が光るかどうかだけに意識が集中する。……動かない。
「……一つ目は、当たってる。まだ反応しない」
骨入れの周囲には、やはり無敵ゾーンが存在する。
であれば――問題は、ここから骨をどう運ぶかだ。
勝利条件は、“地面に描かれた円の中に骨を入れる”こと。
そのために、走るしかない。それも、シロより速く。
「……くそっ!」
覚悟を決めて、骨を握りしめた。
重さはないはずなのに、全身が引きずられるような感覚。
一歩目が、地獄への足音のように響いた。
――行け!
駆け出す。
一歩、二歩、三歩――
その瞬間、背後で大地が悲鳴を上げた。
「やっぱり来るか!!」
咆哮のような音。
地面を蹴る鉄の咆哮。シロが、追ってくる。
速い。尋常じゃなく速い。
あと十メートル。まだ遠い。
逃げ切れない――そう悟ったとき、和樹は動いた。
「お前の狙いは、俺じゃない!」
全身の力を込め、骨を――放る。
目指すは、円の中心。放物線を描いて、骨が宙を舞う。
その瞬間。シロの進行方向が、ズレた。
和樹ではなく、骨へ。
円のほうへと掘削ルートを変更した。
――成功、した。
「ここ掘れワンワン♪♪ ここ掘れワンワン♪♪」
無機質な音声が、虚空に響く。
まるで喜んでいるかのように、シロは地を穿ち、骨を目がけて穴を掘る。
「……やった」
そんなシロの背中を見ながら、和樹はその場にしゃがみこんだ。
極度の緊張から解放され、安心から力が抜けたのだろう。
何かが一つでも狂えば、それで終わりだった。
その実感を肌に染み付かせながら、和樹はチームメイトのもとへと戻っていった。
「なんということでしょう!! 赤チーム、シロの脅威を退け、無事円の中に骨を入れることに成功しました!! その隙に青チームも骨の配置を終了。二ラウンド目から目が離せない展開が続きます」
実況と観客が盛り上がったところで、自分が息を忘れていることに気が付いた。
***
「あの……ありがとうございます。これ」
「ああ。ちょっと疲れたから、休ませてくれ。ってえ?」
フラフラの和樹に梨乃が駆け寄ると、彼女は水の入ったペットボトルを差しだした。
どこからそれを出したのか、出所不明のそれを受け取ると、和樹は言葉も出ずただ眉をひそめた。
「和樹さんが掘り当てたアイテムですよ。司会が大声で実況してたのに、聞こえないほど疲れてたんですね」
梨乃が微笑みながらその水の正体を伝える。
そうか――すっかり忘れていたけど、アイテムもらえるんだった。
それ狙いのはずだったのに、いつの間にか攻略以外のことを考えられなくなっていた。
「はあ……いきかえる」
そうやって緊張で乾かした喉を潤し、体力回復。
正直めちゃくちゃ助かるアイテムだ。
「そうやって女に甘やかされて……バカじゃないの?」
そうやって休んでいる和樹に幸子は悪態をつく。
口答えする気力もない。ただその言葉だけが、じわじわと後を引いた
と、そうやって息をついていた時、司会がまた、アナウンスを始めた。
「それでは三ラウンド目、ということで、ミニゲームを開始します。ルール説明、と行きたいところですがその前に――」
もうあの声を聞きたくない。
そう思っていた時だった。
「一人、チームメイトを光っている円の中に差し出してください」
司会がそういうと、シロの周りに緑に光る円が出現した。
このタイミングでこのようにチームメイトを選考することを要求される、それでいい予感がする人間なんていないだろう。
また一人、チームメイトは犠牲になるのだろうか。
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